2028年02月05日

はじめに。(※10/11 少し改定)

・いきなり「超音戦士ボーグマン」に再燃したせいで、やり場のないアレコレをどうにかするために開設したブログ。気が済んだら放置上等になります。
・再燃のきっかけがリョウ×アニスなので、そういう方向メインで。
・当時を思い出しつつ、今だから云える戯言とか二次創作とか、ひっそりまったり進行。のはず。あと昭和〜平成初期ぐらいの懐かしアニメも採り上げるかも。
・うっかりここを目にした同世代の方々対象&えっちネタ有りなので18歳未満の方の閲覧はお断りします。
・別方面で腐れな活動してますがここでは予定なし。しかし軽いネタであってもホモダメ! ゼッタイ! と云うナイーブな方は回避推奨。
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posted by はらよしかず at 00:00| 日記

2020年09月22日

【誕生日】響リョウ脚本家別考察スペシャル【おめ】

体調はぼちぼち回復してきてるんですが、あつ森が忙し…もとい諸処手が回らず企画を練る余裕がなかったので(正直5回目ともなるとネタ出しが苦しくもあり)、モーリーでやった脚本家別のリョウ分析です。アニスでやった作監別もちょっと考えたんですが、主人公とはいえ男キャラでやっても女性ファンしか楽しくないかもなあ…と思い、テキストの合間に挟む形にしました。
ぶっちゃけ、リョウは13話と22話と最終回を押さえればキャラの全容が見えると云っていいぐらい、この三本が響リョウという主人公を描き切ってるンですが、それ云ったら今回の記事が終わってしまうので、誕生日だし語れるだけ語ってみようかと。モーリー特集同様、脚本家及び作監陣の名前は敬称略とさせていただきます。

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【池田好美】とにかくリョウがギャルい。


【岸間信明】

岸間氏と云えば神回22話で「教師でありヒーローであり周囲に目配りできる好青年でもある」という多角的な面からリョウを描き切るという、園田&会川両氏もできなかった離れ技を成した方です。が、1クール目は夏目想太郎の設定にかなり引っ張られた形跡があり、3話で遅刻を責められて弁明する場面や、9話で水上バイクを乱堂と共にカスタム中にドタバタする姿にそれは見て取れます。夏目想太郎から脱却したのは12話で、シンジを心配する子供たちを優しくなだめたり、シンジに疑惑を持たれたアニスに助け船を出したりと、自己主張より周囲の人々の思いを優先する青年としてリョウを据え、この流れが直結した13話で(岸間&会川氏的には)キャラクターがほぼ確定した印象です。脚本家陣ではいち早く「脱・想太郎」に切り替えた方で、おそらく根岸監督の意向を重視するようになったんでしょう。
2クール目以降はほとんどやんちゃしなくなり、安心して見ていられる主人公となりますが、そこが物足りないと感じた視聴者も多かったかも知れないですね。少なくとも「JJの踏襲」を期待していた向きには肩透かしだったかも。
岸間氏の場合、後半に行くほどリョウの「空気を読む」面を重視していったせいか、ヒーローとしての存在感はちょっと薄くなったかも知れません。リョウだけでなく、キャラに関しては22話で全部やり切ってしまい、以降は根岸監督が考えるストーリー構成ありきで脚本を仕上げていったのかしら。終盤はメモリー以外のキャラの掘り下げはほとんどされなくなっちゃったんで。

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【松尾慎】カッコいいに全振り。


【会川昇】

13話で、響リョウという主人公の方向性をほぼ決めてしまった方ではないでしょうか。13話以前は夏目想太郎の範囲でしたが、それだと動かしづらかったのか(テーマが見えず苦慮した時期に書かれたという)、10話は本来なら主人公の行動であるはずの「身を挺してシロウ君を救出する」役割をチャックが担ってました。13話は「リョウたちの過去を(ダストジードと絡めて)描きたい」会川氏の想いが込められた回で、そこを描いた上でないと響リョウが掴めなかったんでしょう。それ以降から岸間リョウ同様の好青年路線となり、チャックと喧嘩してもすぐに反省したり(16話)、メモリーのえっちなお誘いを期待したり(19話)と、リョウのキャラの幅を広げたのも会川氏だと思います。
13話から16話の流れを見ると、「妖魔に夢を砕れた」という怒りと、だからこそ子供たちの夢を守りたいという信念をリョウの芯にすることが、会川氏にとって重要だったと思われます。根岸監督は「メモリーの信念」が最優先、園田氏は先ず3人の教師と子供たちの交流を描きたかったと思われるので、会川氏がいなかったらリョウの性格付けはしばらく迷走したかも知れません。監督からもシリーズ構成者からも二の次にされていたことが、ここに窺えるのがちょっと哀しいですけど。

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【野中みゆき】とにかくモミアゲ。


【園田英樹】

わざわざ三番目にした理由はお察しだと思いますが、自身が創造した初期主人公の夏目想太郎にこだわり続け、響リョウとなかなか向かい合わなかったが故に、岸間&会川氏のキャラメイクに同調しなかったのが園田氏です。13話の会川氏、22話の岸間氏のような、リョウの決定版的なエピソードがないことがそれを物語ってます。28話はアニスメイン、34話はダストジードとメモリーの因縁の決着が中心で、リョウは終始影が薄かったし。
園田氏がどういう主人公にしたかったのかは、11話がいちばん分かりやすい気がします。チャックにからかわれてぐぬぬしてケンカを吹っ掛け、アニスやメモリーに叱られ子供たちからも下に見られがち。でもやる時にはやる。この「やる時にはやる」の部分がイマイチなんですよ。これ、おそらく園田氏は、クロノスのロム兄さんのような外連味とセットの口上をボーグマンにやらせたかった(初期設定と7話クライマックスのアニスでそれは窺えます)のに、それが成せなかったのが理由じゃないかと。たぶん根岸監督がやりたくなかったんでしょう。
クロノストークショーでもそれっぽいことは漏らしてましたし、根岸監督もインタビューで明かしていたことですが、園田氏が手掛けた脚本回は絵コンテでかなり変えられていたんじゃないでしょうか。重箱の隅レベルですけど、単細胞かと思ったらBパートで好青年の顔になったりと、あれ? と思うことが多いのは大抵園田脚本なので。
園田脚本のリョウのいい話と云えば20話ですが、アニメ誌のあらすじでは「迂闊な言葉でサオリちゃんを期待させてしまい、困ってメモリーを頼った(意訳)」とあり、これも夏目想太郎前提で考えていたエピをそのまま脚本に起こして、演出で変えられた可能性を疑ってしまいます。何と云うか、想太郎はノリの軽いお調子者でリョウでもそこを変えずにいて、絵コンテや演出で想太郎のエッセンスを削られたり抑えられたりで調整されてたんじゃないかと。園田氏的には響リョウは「ロムの下位互換」で、物足りない主人公だったのかも知れませんなあ。
それで済めば分からんこともなかったんですが(夏目想太郎がリョウ以上の主人公になれたとは微塵も思えませんけど)、アニスに入れ込み始めた後の冷遇と、露骨なりょあに否定だけはやっぱりいただけませんなあ。これがなかったらもうちょっと同情できたのに。多分。

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【本橋秀之】世界一かっちょいいメット割れからのカウンター。


【根岸弘】

最終回のみ監督が脚本を手掛けられましたが、ブルーレイBOXのインタビューによると、打ち切りが決定し全35話になると決まった時点で申し出られたそうです。本来なら園田氏の予定だったんでしょうね。監督がボーグマンをどういう物語にしたかったのかは、最終回と総集編の31話で明らかにされてます。園田氏との認識のズレが明確になってて興味深いんですが、これは別の機会に。
シンジとの最後の会話で、リョウの教師としての成長が描かれたのですが、リョウの“説得”は会川脚本の29話がベースになっており、監督的にもリョウは会川氏の解釈を是とした主人公だったと思われます。妖魔王との最終決戦を前に、悲壮感を見せずに「さあ行こうか」と笑顔で変身して怯まず最後まで立ち向かう姿を描き切り、主人公としてヒーローとして最高の見せ場を用意していたのが素晴らしいです。シンジだけは許しがたいですけど。
脚本ではないですが、FOREVERの演出で「戦いを離れたらシャイな普通の青年」とリョウを解釈していたことが窺えます。

そういうカンジのリョウ誕でした。もうちょっと練り込みたかったんですがこれが精一杯でした(´・ω・`)もっと回復したら補足したいです。
posted by はらよしかず at 18:18| Comment(3) | ボーグマン

2020年09月01日

【お察しの】クロ逆トークショーアーカイブ視聴【範囲】

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16話感想をやる気でいたんですが、先日あのシネマノヴェチェントで開催されたクロノスの大逆襲上映会&トークショーの、トーク部分のみの動画が有料配信されたことを知り、迷った挙句に視聴期限ギリギリで手数料込み2830円払って視聴しました。結論から云いますと2830円分の価値はありました。良くも悪くも。この出費のお陰でやっと買えたスイッチライトのソフトの購入選択肢が更に狭まる羽目になりましたけど後悔はない。
また画像ナシネタなので、だいぶ前にスキャンしてPCに取り込んだままにしていたぬーたいぷの記事から。年寄りだけが使い道を知っている綴じ込み付録。何月号のだったっけ…(駄目すぎる)。

以下はトークショーで語られた内容を下にした、剣狼を含めた考察との答え合わせとなりますが「有料」配信の意味を踏まえ、トークの詳細を記すことは控えます。2830円だし。ただボーグマンの時と異なり、ツイッターでイベントの感想を呟くのは(程度はあると思うのですが)OKと動画の最後で明言されていたので、検索して出てきた感想TLを物差しに書いていきます。万が一差し障りがあるようなら記事は削除します。

ゲストはトーク第一部が羽原信義・大張正己・園田英樹氏の3名で作画の話題がメイン、第二部が園田英樹&室賀厚氏の二名で文芸方面の話題が中心。羽原&大張氏のトーク内容に関しては、以前紹介したこの本とかなり被っているので、動画を見逃した方にこちらをおススメします。既にこれを読んでいたお陰で、話の飲み込みがスムーズに行きました。(画像クリックでアマゾンのページに飛びます)



お二人はトークお上手で驚いた次第。特に大張氏はなかなかのイケボそして発音も明瞭と、インタビューの文字起こしが楽そうだと思いました(元ライター目線)。
とにかくも、当時の葦プロが大味かつ上層部が外道だったのは嫌というほど察しました。まあAICも平野監督を過労死させる気だったのかという位こき使ってましたし、だいたい当時のアニメ会社なんてそんなモンだったようで。しかしタツノコのウラシマン班は優遇されていたと、前述の書籍で平野監督が語っておられましたね。その監督は畑に建てられたプレハブ小屋で寝ておられたそうですが。
話がそれましたが、第二部参加の室賀氏も話術が達者で面白かったです。ディオンドラが唐突にツンデレた回の方か…。

話を窺った限りでは、葦プロはアニメーターが死んでも納品が間に合えばすべて良し! と思っていたんだろうかと疑うような無茶振りをしながらも、仕事そのものは現場にぶん投げ…もとい自主性に任せ、あまり口出しをしなかった。クロノスは「いいんじゃない面白ければ」「時間ないしもうそれでレッツラゴー!」といったライブ感で成り立っていった作品であると知りました。2年で劇的に変わる訳ないし、たぶんボーグマンでもそのまんまだったんだろうなと。
なんとなくですが、葦プロと園田氏がその場の勢い任せでエンジョーイアンドエキサイティング! だったのに対して、根岸監督は真面目すぎたのかなあと思いました。だからこそ「メモリー・ジーンという母性に抱かれた都市の物語」が貫かれ、かろうじて地に足の着いた作品になったんでしょうけど。園田氏主導だったら、途中からメモリーが空気になってエスパーサイボーグになったボーグマンたちと妖魔がすっごい戦争はじめたけど風呂敷が畳み切れなくなったよメンゴメンゴ! 続きはアニス主役のOAVで! な素っ頓狂な作品になりかねなかったんじゃないでしょうか。
羽原氏のトークで吉田監督のスタンスが判明したお陰で、ちょっとだけすっきりしました。クロノスの制作に関しては、若手スタッフの育成が念頭にあったのかな。

で、参加者の質問のお陰で、剣狼伝説3でのロム兄さんの「あの」扱いが話題に上がったのですが、ああいうイベントに参加するようなコアなファンの間でもずっと謎だったのかと驚きました。円盤BOX関係のライナーノーツでちょろっとでも吐露してたんじゃないかと思ってたんですが、ずーっと沈黙してて現在に至ってたのか。

【剣狼伝説3】OSTライナーノーツ【寄稿文】

以前アップした剣狼考察ですが、結論から云いますとだいたい合ってました。書きながら的外れであって欲しいと思ってたんですけどね…。いっこ訂正するなら、最後のロム&ガルディとレイナの会話は羽原氏が追加したそうです。園田氏はああいう救済措置(?)は考えてなかった模様。
質問に対する園田氏のリアクション及び返答は、あのトークショーの肝のひとつなのでお察し下さいレベルのことしか書けませんが、憤り以上に、「作り手」と「受け手」の温度差を痛感しました。キャラに対する考え方が根本から違うので、ファンがどれだけ「ロムの死」を嘆いても園田氏にはそれが理解できず、隔靴掻痒にしかならなかったんでしょう。それぐらい斜め真っ逆さまな反応をされたということで。あの場にいた方々一瞬「えっ?」となってましたよねアレ。

割と腑に落ちてしまった理由に、園田氏はヤマト及びガンダムをはじめとする富野作品の洗礼をバッチリ受けた世代で、スタッフが作品の成立のために、登場人物の生殺与奪の権利をばしばし行使していた「当時のアニメ作品事情」があります。富野アニメは云うまでもないし、ヤマトなんて完結編で話題作りのためだけに沖田艦長が復活し、島大介は西崎Pに殺されたことを考えると(どう考えてもストーリー上で島が死ぬ理由はまったくないんですよね)、少なくとも80年代まではまだ「非実在キャラクターの人生」が軽かった時代でしょう。90年代アニメのナディアのフェイトさんのエピソードは、そういった「80年代の空気」を逆手に取った演出だったのかと今思いました。

園田氏にとってロムの死は、「妹であり愛する女性でもあるレイナを守り抜き、すべてを彼女に託してこの世を去っていく」というヒーローの“熱く尊い終焉”であり、それ以外に「剣狼伝説」の幕を引く術はなかった。それ以上でもそれ以下でもない行いであり、なぜファンが自分が決めた“たかが”アニメのキャラの死をそんなに怒り嘆くのかと困惑し、羽原氏にフォローを任せて沈黙したんじゃないでしょうか。

ボーグマンも「メモリーの死」は確かに物議を醸しました。メモリー考察でも書きましたが、メモリーの場合は根岸監督が「それを以て終わらせる」つもりで終盤の物語を構築し直し、彼女自身もレミニスの下に行くことで背負った業から解放されたという描き方をしていた訳で、根岸監督の「覚悟」は伝わるものだったと思います。ある程度の非難は想定済みだったんじゃないかと。
どう見てもレイナたんペロペロしたいお! だけの行き当たりばったりをやった挙句、唐突にレイナを宇宙最強のソルジャーヒロインとして君臨させるために、すべてを「…げる」した剣狼にそういった「覚悟」は果たしてあったんでしょうか。
個人の体感ですけど、無印セーラームーンのクライマックスのセーラー戦士の退場劇辺りから、業界がキャラの生死に関して慎重になっていった気がします。

しかし園田氏が後年「ロムの死」を反省しなかったのかと云えばそうでもなかったようで、ライジンオー“以前”の仕事は「若気の至り」だった旨を述べておられたし(拗らせたファンからエライ目にも遭ったとか)、謝罪らしき言葉もあったので、もう初老のおじちゃん突いても仕方ないんじゃないかな…。というか、クロノスの時はまだ二十代半ばだったそうで(30手前と勘違いしてました)、そんなに若かったのならボーグマンでも夏目想太郎や後半でのアニスへの執心等も、若気の至りで納得できる…かな…(ちょっと無理かも)。
あと、意外なことに(これは書いちゃっても大丈夫だと思うんですが)園田氏はライジンオーまで、子供を意識した作品作りをしてなかったそうです。妖魔の設定などのザルな部分は、「子供には難しいからやらない」ではなく、「主人公が夏目想太郎ではなくなったのでやれない(やりたくない)」だったのかしらね。演出陣に対するわだかまり等、たぶんボーグマンでもそうだったんだろうなと思われる内部事情語りも少しだけありました。やっぱり根岸監督への不満は相当あったんじゃないでしょうかね。

もう何べんも書いてきたことですが、改めて本編の途中で、園田氏からボーグマンを取り上げた根岸監督の判断は正しかったと確信しました。前述の通りキャラの扱いが軽かった上に、あの頃の自分はどうかしてました(意訳)な反省の弁まで飛び出すぐらいにジャイアンメンタルだったのなら、もし根岸監督がアニスを園田氏に譲渡していたらリョウは間違いなく酷い目に遭っていたでしょう。アニスがぼっくんの分身の篠田君(仮名)と素敵な恋をするために死んでくれ、と悪い意味で第二のロム化していたか、そこまででなくとも「園田ヒロイン」としてのアニスを輝かせるための道化にされてたか。とにかくリョウの冷遇は待ったなしだったと断言できます。
トークで垣間見えた当時のレイナへの思い入れから、各雑誌のアニス特集でのアニス語りは、各誌の編集部補正なしのガチだったんだろうなと。アニスはレイナに続くレイナ以上の「セカンド園田ヒロイン」だったはずだし。同時にリョウに対するコメントがぞんざいになっていったのがいただけないんですよ。あれもガチだったと思うとゾっとします。

まあ、園田氏の年齢相応の語りからして、もう自分からレイナやアニスに関わったりしないんじゃないかと思いました。レイナはもう“思い出”なんだなあ…という印象だったし、最近の園田氏の舞台の仕事の傾向からしても、わざわざ二次元のヒロインを掘り起こす理由が見当たらない。ねぎし氏のラムネ再起動ぐらいの愛着とエネルギーと業界での地位がないと無理でしょう。葦プロがサンライズ並にやる気を出してお膳立てを整えれば話は別でしょうけど、絶対ないね!(涙)

長文となりましたが、喉に刺さってなかなか取れなかった魚の小骨が取れた気分にはなりました。ありがとう2830円(←
次回こそ普通にボーグマンネタで更新したいです。
posted by はらよしかず at 18:00| Comment(6) | その他アニメ

2020年08月18日

【ボーグマンの】超者の大逆襲【遺伝子】

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残暑見舞い画像。LD特典ポスターで云うまでもなく菊池氏。
現物持ってます。おっぱい迫力あるんやでヽ(´ー`)ノ


いいトシのオバハンが週刊少年ジャンプに心臓鷲掴まれてメンタルが安定しない猛暑となっておりますが皆様如何お過ごしでしょうか。分かっていただけますか死なれた後で私の推しはあなたでしたと上野優華を口ずさんでしまうこの心境。分かっていただけますかお気に入りの連載作品が原作者の犯罪行為で突然死してしまったこの悲しみ。

凹みながらも進めていたボーグマン考察ネタの一環で、確認のために1話だけでいいやと視聴した超者ライディーンが存外に面白くて視聴続行しているのと、ボーグマンクラスタ的にちょっとした発見がありましたので書き留めておく次第。バンチャよ視聴期間延長してくれててありがとう。

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当時は「あの」勇者ライディーンのリメイク、でも今回は美少年がいっぱい出て来るよ! 集まれくさったおんなのこー! なアナウンスの段階で、カセットブックで受けた心の傷が癒えてなかった身としては、あのオッサンどこまでアニメファンをナメた仕事してやがる(ペッ)と完全スルー決め込んで現在に至っていた訳で、昨今のネットでの評判で可もなく不可もなくぐらいかと期待もせずに視聴したら、園田氏を含めたスタッフの皆様に土下座して謝りたいレベルにわたし好みで正直…ハマりかけてます…。ライジンオーのスタッフが多数スライドしてたの知らなかったんですよ…。

まだ8話までしか視聴してないんですが、特に演出面がいろいろよく出来ていて驚きました。まあ元ネタに対するリスペクトはやっぱり感じられませんでしたが、これはスポンサーも関係してくるし何とも。ゴッドバード(と云っていいのか)変形バンクは素直にカッコいいと思いましたしねえ。それでも園田氏が後にインタビューで(元作品は)あえて見ませんでした! と云ってたのはさすがにイラっとしましたけど。勇者の方のイケメンロボットぶりと荘厳な佇まいが、子供心に刺さってたんですよ…。
でもアレですよねこの作品でもやっぱり玩具の販促あんま重視してなかったですよね(小声)。

視聴した理由は、主人公の鷲崎飛翔君のキャラメイクが気になったという一点。またどっかで詳細は書きますが、園田氏の響リョウに対する微妙な扱い、ライジンオーで仁と篠田先生に分割された「夏目想太郎」の影を見るにつけ、もしかしたらリョウみたいなオーソドックスなティーンエイジの主人公を立てること自体苦手だったんかしら…と思ったので。ロム兄さんは外連味と井上氏の役作りありきの(語弊はありますが)テンプレートヒーローなので、ティーンとは云い難いかなあ。
結論から云うと飛翔君いい主人公です今のところ。というか、飛翔君は仲間同士の結びつきを大事にして空気を読んで行動できるいい塩梅の熱血ナイスガイで、こういう主人公が描けるんだったらせめてラバレのリョウでやっとけや! という本音。やっぱりリョウに関しては「根岸監督に想太郎と差し替えられた」という壁があったんかなあ。

視聴を進めてとにかく感じているのは、セーラームーンに通じる「前世の戦士としての記憶」の描写で、平たく云えば「ムー」か「マヤ」の集え! アトランティス大陸の記憶を持つ仲間たちよ! なノリ、そして剣狼1でも触れられていた「自分が今生きているこの世界に対する違和感」という要素から、園田氏が領域展開できたのはこういう「オカルト」だったんじゃないでしょうか。

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アニメディアの別冊付録の再掲。これらの没案からしても園田氏がやりたかったのは「人知を超えた異形バトル」、しかし実際は「オカルト要素の排除」が成されたことが窺えます。妖魔の設定の大半が宙ぶらりんになったのは、そのせいかも知れないですね。メッシュの魔導師設定と犯罪結社GILは、園田氏的にこれらがないとお手上げな連中だったのかと。
それに対して、根岸監督は海上都市としてのメガロシティ、妖魔は転送装置というオーバーテクノロジーが原因で顕現したという背景に対するこだわり等、「サイバーパンク」がやりたかったのでしょう。終盤のメガロシティ混乱の大きな要因となった、原子力の代替エネルギー「エレクトロニクス」の存在は根岸監督のアイディアじゃないかなー。
ライジンオーの五次元帝国(ワルーサの正体等)設定がフワっとしていたことも考えると、園田氏はそういったSF考証を詰めた物語を組めず、だから妖魔の設定もSF寄りに仕切り直せなかったんじゃないでしょうか。園田氏は後半でオカルト路線に戻る予定だったから直さず通した説を唱えてみる。いやもう本当、お互いのいいところを引き出すどころか撲殺し合った関係だったんですね…(´・ω・`)それでも折衷案がどっからも出てこなかったのかと、そこは釈然としない部分。

妖魔リベンジを彷彿とさせる超魔の設定や、響リョウの上位互換と思われる飛翔君のキャラクターなど、ボーグマンの遺伝子の濃さと云う点ではライジンオー以上な気がしますし、ボーグマンで残った課題もクリアされていて、こういうのボーグマンで見たかった…と思う要素がいっぱいあります。まだ8話なのに。まったくくやしいったらありゃしない(ハンカチを噛みながら)。この辺は視聴を進めて、また触れていこうと思います。
ただ、神と天使が宇宙の彼方で千年戦争云々という、ともすれば園田氏十代の頃の大学ノートレベルになりかねないモチーフをスタッフがどうさばいたのか、期待以上に不安は抱いてますので、もしかしたら手のひら返してボロクソ云う可能性も大いにありますよ。だって園田氏ですからね。でも他スタッフの仕事はずっと褒めると思います。

超者が思わぬ拾い物だったしライジンオー感想もずっと後回し状態だしで、お陰で当分バンチャに課金し続ける運命ですトホホ。でも超者はDVD-BOX出たらすぐ配信終了しそうな気配ですけどね。一度終了予告されてましたし。

今月はあともう一回更新したいんですが(たぶん16話感想)、体調及びメンタル不良の回復にちっと時間がかかりそうなのでできなかったらごめんなさい。病院通いの回数が増えたお年頃ですわー(;´Д`)

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今回の話題にふさわしい残暑見舞い画像(拾い物)。
MAPPAになる理由がちゃんとあるのが憎たらしい(何)
posted by はらよしかず at 19:25| Comment(3) | ボーグマン

2020年07月28日

【ボーグマン】こどものおもちゃ【るーぱー】

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お盆前までクソ忙しくなりそうで、予定していたネタは先送りにして16話感想をさくっとやろうかなーと思ってたんですが、ついったで非常に興味深いTLを拝見したので、それを肴に雑談します。ちなみに今回の記事は画像がなくて寂しかったので、フォルダ探したら発見した拾い物です。つよい(視覚的に)。



この「子供向けとは、子供騙しとは何ぞや」が素晴らしく簡潔に語られた(しかもコロコロコミック編集部という説得力)文章で、ボーグマンがなぜ子供に受けなかった(玩具が売れなかった)のかを考えさせられたのでした。この辺は同時期のサムライトルーパーも同じ問題を抱えていたと思います。

「これは絶対に子供だってかっこいいと思うはず! でもちょっと分かりにくい(難しい)かもだから、分かりやすくしよう!」

正直、ボーグマンスタッフ、特に園田氏はこういう考えを持ってなかったんじゃないかと思えるのです。語弊はありますが、「夏目想太郎」前提の設定の段階では、園田氏の中に志はあったと思うんですよ。それが根岸監督にひっくり返され、設定の仕切り直しを行わずにそのまま放置してしまった。1話で「1999年の時点でなぜメガロシティを制圧できなかったのか」という疑問をメッシュが「いずれ分かる」としつつ、結局謎のままで終わったのは、初期の構想にあったラスボス「魔王ビシュヌー」を何処かで出す意図があり、夏目想太郎で構想していたプロットを諦めてなかったのではないでしょうか。
ボーグマンのよく分からないところは、園田氏が構築した初期の世界観の代案が出た様子が見えず、しかしビシュヌーなど、初期案から再利用という考えも見えない。園田氏の初期の世界観への固執と、それを没案として拒み続けた根岸監督という「平行線の図」しか見えてこないんですよね。平行線のまま後半に入り、打ち切りもちらついたことでどう物語をまとめるか。そこで根岸監督が構想したプロットがPに気に入られて、園田氏が入り込む余地がなくなったことで物語が「根岸案」で集束していった。妖魔サイドの掘り下げが中途半端に終わったり、27話までマリモ先生が忘れられていた(放置されていた?)のも、その辺が関係していると思います。マリモ先生はまたピンで採り上げたいので詳しくはその時に。

夏目想太郎前提のアイディアをリサイクルしたと思しきライジンオーの完成度の高さから、園田氏は「子供騙し」のつもりはなかったと思います。ただ、園田氏の「おじさんが子供に伝えたいカッコいい」は夏目想太郎でないとできないもので、響リョウで進んだボーグマンの物語でそれらを伝えることを諦め、アニスへの思い入れが加速したことで、子供からアニス萌えの男性ファンに対象を変更したんじゃないかと思えます。アニスはレイナの流れを汲むヒロインで、レイナ以上の金脈として申し分なかったですしね。嫌な云い方ですけど、文芸で食べていく立場の方として間違ってなかったと思いますよ。ただ、やり方は拙かった。本当に糞拙かった(二回)。

「子供騙し」と云われても仕方なかったのはスポンサー陣じゃないでしょうか。ジリオン銃がヒットしなかったから在庫抱えてボーグマンに流用という事態になった訳で、そもそもジリオンシューティングもちょい年齢高めの、アニオタの萌芽が見える層には受けたようですが、メインターゲットの小中学生にホワイトナッツなりきりでキャッキャしてもらうには知名度と普及が致命的に足りなかったンじゃないですかね。自分だけでなくお友達にも買ってもらわんと一緒に遊べないんだし。
まあジリオン銃に限らず、セガの玩具って「おじさんにはよくわかんないけどキミたちこういうの好きだよね?」という志の低さを感じるんですが気のせいでしょうか。そういうセガだから、自社のクソマイナーなハードでTVアニメのゲーム出しちゃったのかしらね。いや後年のセガサターンとドリキャスは愛してましたよ? 引っ越しで(まだ状態の良かった)サターンを手放したのを今でも後悔してますよ?
根岸監督に関しては、子供向けとか子供騙し以前に、当時は子供向けコンテンツのノウハウがなかったんでしょう。ついったで頻繁に「玩具アニメ」の重要性について触れられるのは、ボーグマンで反省点やら何やら負の経験を相当されたからじゃないかと邪推してます。そこから勉強して試行錯誤されていったんじゃないかと。でもラムネもテッカマンブレードもウェブダイバーもパっとしなかった印象しかないですスイマセン。

以上のことに思いを巡らせたと同時に、サムライトルーパーもメインターゲットだったはずの子供をどう思っていたのかよく分からない、ボーグマンと似たもの同士な作品だったかも知れないと思いました。
るーぱーの玩具事情はウィキペディアで知れる限りの情報しか得てないんですが、タカラサイドもアニメスタッフも前述のような「坊主、ヨロイギアはカッコいいだろう!?」という情熱があったのか、めっちゃ疑問です。ぶっちゃけ、星矢っぽい企画で一発当てられたらラッキーぐらいの志だったのだろうかと。
ちょっと前についったで「サムライトルーパーは面白くなかった」というTLがちょろっと流れてきた時にも呟いたんですが、19話までは正直、アニメファンならいざ知らず、子供は途中でチャンネル変えるだろコレなシナリオや演出面でのメリハリのなさが気になったし、仲間が集結しちゃ即分散されていたので、これでは当時のお子様はごっこ遊びもできなかったでしょうと。
ただ、つまらなくはないし続きは気になる。実際二部から各キャラが立ちはじめテンポがぐっと良くなり面白さが増したのは事実で、個人的にはちょい似た体感を味わったボトムズと同じカテゴリの作品です。そのボトムズもキリコの行く末が気になったから見れたように、るーぱーも(腐女子人気は横に置いた上で)真田君を見守る気にならないと、ちょっときつい作品じゃないかと。
まあ池田監督はどうも偏屈な方だったようですしそこに高橋良輔御大も加わっていたことを考えると、子供向け云々以前に察してあげなさいな現場だったんでしょう。スタッフが入れ替わった20話以降、明らかに女性ファンを意識しつつ、外連味ありの分かりやすい内容に変えたのは大正解だと思いますよ。玩具は輝皇帝でワンチャン狙ってやっぱり駄目だったと二次裏で読みかじった記憶。

ボーグマンもるーぱーも子供に振り向いてもらえなかったことを考えると、そういう意味では1988年は、作品も玩具もヒットしたワタルのひとり勝ちだったんじゃないでしょうか。あの当時の芦田氏の貢献度、ワタルで繋がった玩具ロボットアニメの復権を思い返すと、やっぱり芦田氏は偉大なクリエイターだったと畏敬の念を抱かずにいられません。OUTで下ネタ連呼してたおぢさんというだけじゃなかったんだね!ヽ(´ー`)ノ

またしばらく潜ります。体調がもうちょっと回復したらいろいろやりたいことはあるんですが、夏バテが待っている悪寒(;´Д`)
posted by はらよしかず at 20:47| Comment(3) | ボーグマン

2020年07月07日

【もうちょっとだけ】ここが変だよ! ラストバトルその4。【続くんじゃよ】

気が付けば一ヶ月近く間が空いてしまいましたが、プライベートのあれやこれやが重なってメンタル含めて体調不良に陥ってまして、PCの電源入れるのも億劫な状態でした。つべのセラムンS公式配信がどうしようと思う位面白くてどんだけ救われたか。
まだ完全復調まで行ってませんが、上向きになるきっかけになるかなーとのっそり。また予告と違うネタで申し訳ありませんがラストバトルです。脳内でネタを複数転がしてたら、すぐまとめられそうなのがこれだったので。ライジンオー感想はエネルギー溜まらないとやれそうにないです。そのせいでしばらく月1100円のバンチャを止められないトホホ。

火鷹に触れる前に片付けたいネタがあったのを思い出したので。ラストバトルで最も痛感するのは、リョウとアニスの不遇なカップルぶりです。ラストバトルは本来、恋人同士となったリョウとアニスの間に割り込む火鷹というシチュエーション、リョウと火鷹の間で揺れるアニスの恋愛模様がメインになるはずでした。

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アニメVの記事再掲。本橋氏の一連のコメントから、「大人の恋をするアニス」がラストバトルの一番の見どころであり、キャラデの一新もそのためのものであることが窺えます。
このプロットでは、サイソニック学園は存続しており火鷹は社会科教師という設定。リョウと別れ古巣に戻ったアニスが、リョウとは違う「大人の男」の火鷹と時間を共にし魅かれていく。そして火鷹も「人類の進化形として共に生きよう」とアニスの手を取ろうとする。火鷹が示す未来への誘惑と、断ち切れないリョウへの想いの間で迷うアニス。その様子を以て「大人の恋」を描写するはずだったんでしょう。
この「大人の恋」がクセモノで、スタッフはそもそもそれが本当にメインターゲットであるアニスファンへのサービスになると本当に考えていたのか。断言しますけど大多数のファンが見たかったのは菊池氏デザイン(&作監)のTVシリーズのアニスの活躍であり、本編できっちり描かれてもいないリョウとの恋愛関係の描写もすっ飛ばした上に、ポっと出のオリキャラでしかない火鷹とのロマンスがファンサービスになると思っていたんでしょうか。

これは推論ですが、根底にはボーグマン放映中に話題となったジリオンOAV「歌姫夜曲」の影響があると思っています。歌姫は映画「ストリート・オブ・ファイヤー」を下敷きにしたパラレル作品ですが、作中でアップルはJJといい雰囲気になりながらも、昔の恋人であるリックスを忘れられずにいる、という「大人の恋を経験したヒロイン」として描かれました。


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ついったのフォロワー様のTLより(火狐だと画像が表示されないので別途アップしました)。歌姫のPである植田氏のこのコメントはアニスに通じるものがあるのではないでしょうか。本編に恋愛要素を持ち込めなかったお詫びに、素敵な大人の男との恋を経験させてあげたい。これはそのままアニスにも当てはまる要素で、良くも悪くも園田氏がボーグマンチームに恋愛要素を持ち込み禁止にしたお陰で、アニスも女性の生々しい感情は控えめなヒロインとして在れたと思います。ただ、園田氏の場合はアニスへの邪心が見え隠れしたのがいただけないンですけど。
主人公が最初で最後の恋の相手になるのは気の毒。その前に大人の恋ぐらい経験させてあげたい。そういう「親心」が当時は当たり前で、こだわれるのならこだわりたい要素だった。ラストバトルのPも根岸監督も、それをメインのウリにするつもりで制作を進めたのでしょう。

しかし、根岸監督は途中で卓袱台をひっくり返し、脚本は第四稿まで練り直されまったく違うストーリーに変更されました。ここで露見したのが、根岸監督の「主人公とヒロインの恋愛」に対する関心の薄さです。脚本の岸間氏がアニメディアの付録で発表したリョウとアニスの“空白の三年”を描いたSSは、恋人として寄り添い合うふたりへの愛情が窺える内容でした。ですが、あれらは最初のアフリカ設定が前提であり、急ごしらえとなったNASA設定には当てはまらない。リョウとアニスの空白の三年は本当に“空白”になってしまった。根岸監督はパンフレットのインタビューで「三年あったらとっくに恋人になってるでしょう」と語るに留まっており、監督の中には具体的な「リョウとアニスの愛の形」のビジョンがなかったと思われます。監督にとってリョウとアニスはFOREVERで成立し、そこで止まってしまったカップルだったのでしょう。岸間氏もアフリカ前提のシナリオが総ボツになった時点で、NASA前提のふたりの過去を構想し直す余裕はなくなったんじゃないでしょうか。ここはさすがに責められないです。

痴話喧嘩で始まったラストバトルのリョウとアニスの関係は、今までさんざん書いてきた通り、リョウのアニスへの想いが伝わってこない。「リョウがアニスをどう愛してきたか」考えてないから描けませんと云わんばかりにハッサンを使ってはぐらかしまくっている。火鷹とリョウの間で苦悩するはずだったアニスは、火鷹の誘いを最悪の返答で絶対にノウ! し、結局「大人の恋」とは程遠い内容になってしまった。クライマックスのオメガとの戦闘も、恋人でなくてもふたりはお互いを守る為ならそこまでやりますよね? 程度の「愛の勝利」で留まり、そもそもどんな恋人同士かというビジョンがスタッフにないので、キスどころかホットな場面がほとんどない同棲カップルという歪な関係に、リョウとアニスはされてしまったのです。この辺、演出の村山氏は相当に不満が残ったようで(アニメVのラバレ連載記事からチラホラ窺えます)、これがラバレに繋がる原動力になったんですよね。そら肝心のリョウとアニスの情報が空っぽだったので、演出しづらかったと思いますよ。

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数少ないそれっぽい場面。リョウのアニスに向ける優しい目線、彼を抱きしめるアニスはまあ好き。

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リョウはアニスに支えられないと動けない位ダメージ追ってたのに、爆風から咄嗟に彼女を庇うカットも好き。


おそらくはですが歌姫夜曲路線の「ヒロインの恋」を想定していたはずが、結局それが根岸監督の手に余る要素だったせいで、恋愛よりも「アニスがサイボーグの体をどう捉え、どう生きていくのか」という主題だけを残し、三年後のメガロシティでボーグマンがメモリーの遺志の下、一夜だけの復活を果たすという、シンプルなストーリーにまとめたと解釈しています。
3人いたPの意向やアニス人気等、とりまとめに苦慮されたことは察せますが(特にアニスの扱いに関しては意見が分かれたと思われますし)、正直ラストバトルからは、根岸監督のリョウとアニスに対する愛情があまり感じられません。アニスが「サイボーグであっても普通の女として生きていきたい」という結論にたどり着くことが重要で、ラストでアニスはリョウと共に生きる未来を選択しましたが、リョウと別れて自立する未来でもそれはそれで有り得ますね、というスタンスだったのかもなあと。いや勝手に思ってるだけですけど。

まあ、火鷹とのガチ恋は没で正解だと思いますけどね。歌姫も賛否あったようですし、当時のアニス人気を考えると、彼女のロマンスはファンにとって要らざるお節介にしかならんかったのではないでしょうか。そこは今も昔もセンシティブな部分だと思いますし。というか、モロ本橋フェイスのスカしたイケメンとのいちゃいちゃとか喜ばれる訳がない。いやまあ、初期では火鷹はダストジード以上のサイボーグだったので、上手くやればダストジードを彷彿とさせるヒールとの禁断の恋という美味しい要素になったと思いますけど、最初から最後までファンととことん考えがズレていた根岸監督が、ファンを納得させられたとは思えませんなあ。
恋愛要素をどうしても入れたかったのなら、なんで(反発も少ないはずだった)リョウとアニスの恋を真面目に描く方向に行けなかったんでしょうかねえ。行ってたらラバレは生まれてませんでしたけど。

本編では園田氏に否定され、ラストバトルでは根岸監督から適切な愛情を与えられず、恋愛中心だったラバレもラストバトルにもFOREVERにも繋がらない孤立したエピで、本当に不憫なカップルですよりょあに。それでも一定の支持があるという不思議なカップルですけど、これはラバレの菊池氏の奮闘と、FOREVERのお陰ですかねえ。ラバレに関してはまた改めて語ります。

またちょっと間が空くと思います。すみません。やりたいことはいっぱいあるんですけどね(;´Д`)
posted by はらよしかず at 19:03| Comment(3) | ボーグマン