2020年04月28日

【悪魔のような】奴の名は織田シンジ【あいつ】

本当はやるやる詐欺状態の企画書を4月中にやるつもりだったんですが、改めて読むと要素が多すぎてやっぱり整理しきれないので、もうちょっと自分の中で咀嚼してからすることにしました。前回モーリー特集やったこともあり、この際男子生徒代表であるシンジまでやってしまおうと思った次第。ちゃんと考察ですが罵倒が混じるのはお許し願いたい。でもみんなが思っていることしか云わない(断言)。

ボーグマンの大多数の視聴者がその姿を見ただけで眉間に皺が出現し、おそらくは妖魔陣営よりも忌み嫌われたであろう少年、それが織田シンジ君でありますけど、今で云うおねショタ需要がアニス絡みであった気がするしシンジ攻のやおい本を見かけた気もするしで、実際のところどれだけガチで嫌われていたかは不明な気がせんでもなく。どないやねん。しかしシンジというキャラの変遷を追っていくと、彼もまたボーグマンという作品の成立において、犠牲となった面が浮かび上がってきます。庇う気は枝毛の先っちょほどもありませんけど、その辺をちょっと書き留めておきます。

なぜシンジが嫌われるのか。云うまでもありませんが、1クール目終盤以降、妖魔神官やダストジードの企てに真っ先に利用され、最終決戦ではメモリーを巻き込んでボーグマンチームの枷になりまくり。しかし終始悪びれた態度も見せないし周囲も何故か許してしまうという、登場人物はよくても視聴者のヘイトは急上昇というザ・足手まといだからです。もしメガロシティにコロ〇が流行したら、奴は#家にいようタグを無視して、「〇ロナがこわくてボーグマンの応援はできないよ!^^」とマスクもせずに先生たちの追っかけを決行するでしょう。
これは葦プロ内に、クロノスの大逆襲のレイナが前例として存在していたからではないかと思われます。レイナが敵に捕まりロム兄さんと仲間たちが助けに来る。葦プロ的には、シンジでその「お約束」を踏襲しただけという認識だったのかと。
しかしレイナはヒロインであり、視聴者が「お約束」をネタとして許容できるギリギリの範囲で踏み留まり、可憐な魅力で不快感を相殺。同時期のサムライトルーパーにも足手まといポジにジュンがいましたが、ジュンはトルーパーたちを励まし支え、時には敵の攻略ヒントをトルーパーたちに提示するサポート役の面で相殺できていました。
それにに対してシンジはそういったフォローがないまま、毎回敵に捕まり続けるだけのお餓鬼様と化してしまった訳です。これは織田シンジというキャラがダストジードと同様に、ライブで成立したことが大きな原因でしょう。

まずシンジの立ち位置の変化から見ていきましょう。

【1クール目】

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裁判長! この札には「立入禁止」と書かれています!


1-2話でモーリーを連れて勝手な行動をとったせいで、速攻でバリアンに捕まった訳ですが、ここでの印象が悪かっただけで12話まで意外とおとなしいんですよ。1クール目はトオルや乱堂のメイン回があるなど、妖魔が起こす事件に巻き込まれる役目を複数の子供たちに散らし、掘り下げを行う意図があったと思われます。少なくとも園田氏はそうするつもりだったんでしょう。7話のトオル、11話のグレイタウンの子供たちとサイソニック学園の子供たちの交流にそれは見て取れます。シンジは「ちょっと小賢しいところのあるやんちゃ坊主」であり、レギュラー生徒のひとりという立場に留まってました。
ところが12話で初のメイン人質()になってから、シンジの立場は急速に変化していきます。

【2クール目】

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12話でアニスに助けられたことで、彼女(とリョウとチャック)がボーグマンではないかと疑いを抱いてからが、シンジの人質転落人生のはじまりです。14話でリョウを尾行した際に、妖魔と出くわしリョウとクラスメイトを巻き込んでてんやわんや。15話で繁華街をうろつくなと公僕にこっぴどく叱られたにも関わらず、出歩いて妖魔に捕まってアニスに大迷惑をかけ、その後ボーグマンの正体を知る唯一の生徒となった。17話でチャックをパパラッチ中に妖魔に捕まり19話はパチモンがもやされアニスにトラウマを与え21話でカーメンにとり憑かれて生徒全員に大迷惑をかけ23話24話で妖魔やめろ! もういい! 分かった!(自分で云っておいて)
この「ボーグマンの正体を知っている子供」として、スタッフが動かしやすくなったのがシンジの(ある意味)悲劇で、ボーグマンの正体を知らない子供たちとリョウたちの間に隔たる壁を描くよりも、シンジを使った方が手っ取り早い。スタッフがそう思ったかまでは知りませんけど、とにかく扱いやすい「生徒代表」となったんでしょう。しかし視聴者的には「またシンジか(ウンザリ)」。この認識の相違が、ボーグマンの大きな欠点として残ったんじゃないでしょうか。それともメイン視聴者である小学生男児的には感情移入しやすい存在だったんでしょうか。どうかなあ…。
あえて擁護するなら、この頃でも園田氏だけはシンジを安易に使わなかったんですよね。担当の18話とか20話とかシンジが出てこない回でしたし。24話の人質に至るまでの立ち回り、あれはもうシンジにしかできない役割化していたので、仕方なかったと思います。

【25-36話】

そしてシンジの爆走人質ロードは止まることを知らないまま、最後まで突き抜けていくのです。この辺のシンジの最高に酷いところは、25話で基地に無断侵入してボーグマンたちが死んだとクラスメイトにデマ吹き込んで基地に再度闖入して「ぼくがボーグマンになる!(涙)」よしわかった! ぶち殺すぞヒューマン!(アーカード自重)…ではなく、27話で打倒妖魔に逸る乱堂とトオルを「ボクらが勝手なことをしてどうするんだ!」と諫めておきながら、28話で「妖魔の手がかりを掴まなくちゃ!」と超危険地帯となっていたメガロビルに躊躇うトオルを連れて入り込み、リョウたちと妖魔の戦闘に巻き込まれるというブレっぷり。さらに30話で「先生たちを手伝うんだ!」(具体策はあったのかないないありません)と勝手に学園の地下シェルターから抜け出し、彼を探しに来たメモリーを巻き込んで瓦礫化した学園に取り残され、その際にメモリーに怪我をさせダストジードに見つかって後は人質に次ぐ人質。最終回に至ってはさんざん云ってきたのでもう云いたくありません。

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「みんな止めろよ!」かーらーのー、

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妖魔反応があるぞ調べよう!
前回トオルに何を云ったのかすっかり忘れた模様。若いのに…(憐憫)。


28話はアニスありきで他は行き届いてない話なのでともかく、30話以降は完全に根岸構想の都合と断言。ボーグマンチームの大将で、ホームから動いてはならないメモリーが動かざるを得ない事態を作り、妖魔の本拠地へと連れ去られる。そのきっかけ作りのためのシンジだった。それだけではなく、ボーグマン最後の戦いを見届ける生徒の代表として、シンジをその場に置いておきたかったという意図があったのは、ブルーレイBOXの根岸監督のインタビューから窺えます。終盤はラストに向けての構想ありきでキャラメイク云々はおざなりにしちゃってて、これはラストバトルもそうだったことを考えると根岸監督の当時の手法だったのかも知れません。

シンジの立ち位置の迷走、これに関してはいつも戦犯呼ばわりしている園田氏ではなく、根岸監督と演出陣の意向が原因だったと思います。シンジの一連の扱われ方に関しては、園田氏の本意ではなかったんじゃないかなあ。インタビューで根岸監督は「子供たちが勝手に動き出して止められなかった」と仰ってましたが、俯瞰から見るとあまりにもシンジに偏ってて、そこは2クール目だけでもどうにかならなかったのか。本来ならモーリーや乱堂に振ってもいい役割をシンジに全振りしたせいで、彼はボーグマンのマイナスイメージの象徴にまでなってしまったんじゃないでしょうか。

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ブルーレイBOXブックレットのインタビューより一部再掲


何と云うか、シンジ以外の生徒を上手く動かせずに結局シンジに逃げたという風に見えて、正直ここはスタッフ陣の力量不足だったように思えます。レイナが許されたんならイケるだろうという短慮があったのか。1クール目を見る限りでは、園田氏は生徒の配置等、いろいろ考えて準備してたと思うんですけどね。(配信終了が迫ってしまった)ライジンオーを視聴中なので尚更。
根岸監督は「終わりよければすべて良し」のつもりで、あのラストシーンに集約させるための歯車としてシンジを使ったんでしょうけど、「描きたい場面」「描きたい主題」のために、キャラクターを曲げるやり方はいただけないし、ラストバトルまでそれを(よりにもよってリョウとアニスで)通しちゃったのは本当に残念です。監督としての経験値が足りてなかったのかも知れず、その辺は後にぽりりんと組んだことで修正&アプデされたと考えていいんでしょうか。

シンジの厄介なところは、キャラ単体で見ると決して悪くない点です。男子生徒代表として必要なものは揃っていて、菊池氏のデザインもオーソドックスな少年キャラで魅力的。何より小粥よう子さんの声と演技がぴったりハマっていて、小粥さん以外に考えられないレベルです。シンジを見ていて、一度たりともあのサッカー狂人小僧が頭に浮かんだことがないので、小粥さん上手かったんだなあと。シンジにサッカーをさせなかったのはスタッフの良心でしょうか。んなわきゃーない。

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しかし、だからこそシンジの憎たらしさが際立ってしまったのは皮肉。最終回で、リョウと話してて感極まって泣き出してしまうシンジの演技は絶品で、悪意なき純真さまで伝わってしまいムカついて仕方なくなる。ホンマ「悪気がない」は吐き気を催す邪悪やでえ。

まあホントこれだけはシンジに云いたい。「校長先生が死んだのはお前にも責任あるかんな? というかお前が最大の原因だからな?」

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31話。この時点でメモリーは深手を負っている。
後は…分かるな?


ちょっと取りこぼしがあるので次回に。それにプラスして、ボーグマンクラスタ視点からのライジンオー感想もやりたいです。面白いなあコレ(いろんな意味で)。
posted by はらよしかず at 18:28| Comment(3) | ボーグマン

2020年04月14日

【ついに】好き好きモーリーちゃんスペシャル【32周年】

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去年の今頃は、まさか世間がこんな未曽有の事態になるとは微塵も思わなかった訳でモチベもいまいち上がらない上に、非常事態宣言? どこの時空のハナシ? というぐらいに個人的にはクソ忙しく、疲労感はトモダチこわくない! 鬱陶しいわ! という荒み具合ですが、やはりやることはやっておきたいという思いが強かったので。今月中にもういっこネタを用意したい。あとジリオン33周年でちょろっとやりたいこともあったり。ジリオンはそろそろカテ作ろうかなーと思ったり思わなかったり。

さて本題。視聴と当時の資料に当たっていくうちに、もしかしたら制作側にはアニスよりも愛されていたのでは? と思うモーリー・ラングォルドちゃん特集です。アニスがさほど注目されてなかった放映前の雑誌媒体での採り上げられ方や、菊池氏のコメントからしてもモーリーに対する期待と気合いはかなり高かったのではないかと思われます。スタッフ的にはジリオンのアップルポジに据えた「戦うヒロイン」のアニスではなく、「守られるヒロイン」であるモーリーに「受ける要素」を込める狙いがあったんじゃないでしょうか。
実際本編もモーリーに関しては全編に渡って可愛い場面しかないと云っていいぐらい、演出が行き届いているんですよね。アニスもそれは同じなんですが、マスコット的な愛らしさという意味ではさすがにモーリーに及んでなかったので。

そして、モーリーは脚本家それぞれの解釈の違いが(いい意味で)楽しめるキャラクターでもあります。今回はそこを紹介。脚本家名は敬称略とさせていただきます。

【園田英樹】


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園田脚本のモーリーメイン回と云えば8話。花壇作りに奮闘し、花の妖精のリドリアを素直に信じる純粋さを秘めたオーソドックスな美少女ぶりで、(園田回に関しては)これは最後まで変わりませんでした。11話のグレイタウンの少年たちとの交流で、好奇心とも心配とも取れる態度は園田氏でなければ描かなかった一面でしょう。園田氏は子供の描写に関しては文句ないんですけどね…。
28話等、園田氏的には「花を愛する健気で優しい女の子」で、レイコ&サトミの友達コンビともっとセットで出したかったんじゃないかと、8話を見直して思ったのでした。結局シンジとセットになっちゃったからねえ。子供たちの横の広がりや交流による掘り下げが足りなかったのもボーグマンの残念なところ。ここは園田氏の責任じゃないと思いますが。
そういえば初期設定では、モーリーは夏目想太郎(リョウ)に恋心を抱く設定でしたが、意外にも園田回ではそれはオミットされてました。ドラマCDで蒸し返したのは三条陸氏のネタ出しに乗ったのと、アニスへの未練でしょうな。

【岸間信明】

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園田氏がモーリーを年相応の女子小学生としていたのに対し、そこにちょっとした小悪魔要素を入れてきたのが岸間脚本。岸間氏的には恋に恋する的な、異性への興味を見せたかったのではないかと思えます。17話でチャック先生のパパラッチよりシンジと一緒にナイトメアシアターを楽しみたいと云い出したり、22話のようにシンジと積極的に行動を共にしていながら響先生への思慕を隠さなくなったりと、ワルい女の顔を見せていたことにそれらは窺えます。ただ、22話はシンジとの「小さな恋のメロディ」路線なのか、響先生への恋心に目覚めていく(リョウとアニスの関係の変化の布石)のか決めかねていたせいで、ああいう描き方になったのかも知れませんけど。
しかしそれでも22話のモーリーの猛攻はすごい。キャンプで作るカレーの味付けがそんなすごいとも思いませんけど(おい)、オトコなんか胃袋を掴んでしまえばこっちのもんと云わんばかりのアピールは、自分こそが約束された勝利の良妻であると知らしめる行いであり、アニスがあそこでドス黒いオーラを出していなかったら、リョウはどさくさで将来を約束させられていたのではないだらうか。「これからもアタシがずーっと先生に美味しい料理作ってあげるね(はぁと)」「あ、ああ、よろしく…(えっ?)」
ちょっと残念なのは、打ち切りの影響なのか22話以降はリョウへの思慕は描かれることなく、シンジの心配ばかりさせられるようになったことです。もうそういうところに尺を割けないので、シンジでいいんじゃないかということだったのか。

【会川昇】


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「健気で優しい娘」という基本的なところは押さえながらも、独自にモーリーの愛らしさを追求したのではないかと思えるのが会川脚本。岸間脚本のような小悪魔ちっくなところはなく、異性をクールな目で見る大人びた面と、10話のシロウ君(50)の陰のある振舞いに戸惑ったりする少女の面を描いたりするなど、モーリーという「女子小学生ヒロイン」を模索し楽しんで描いていたのではと思えます。
10話のシロウの天然に「じれったいわね」とはっきり云いつつ世話を焼いたり、16話でチャック先生ではなく撮影機材を見たかっただけ、と云うトオルに「かわいくなぁい…」と無表情で返したり乱堂と弁当のおかずを取り合うリョウに「先生子供みたい」と静かにツッコむなどの、デフォルトで精神年齢の高さをうかがわせるモーリーは会川氏しか描かなかったんじゃないでしょうか。アニスやメモリー、美姫もクールな面が強かったことからも、会川氏はボーグマンの女性キャラは基本そういう風に捉えていたのかも知れません。19話でそっくりさんロボをもやすという蛮行も会川氏しかやりませんでしたけどね!
反面、10話でシロウと一緒にはしゃいだり23話でシンジに拾った石を取られてぷりぷり怒ったりと、年相応な面もしっかり描いていて、それがいいカンジにギャップになったと思います。

3人の脚本家それぞれの「ぼくのかんがえたすっごいかわいいモーリー」が破綻なくキャラに収まっていたのは、ボーグマンのいいところだったんじゃないでしょうか。根岸監督はラストバトルFC会報で、お気に入りのキャラにモーリーを挙げてらしたので、監督の手も充分に入っていたのでしょう。菊池ビジュアルは云わずもがな。マジカルエミ等の魔法少女作品で培ったものを込めたお気に入りだったのは、雑誌媒体で頻繁に語られていましたよね。本編で描かれることのないぱんちゅのプリントがメロンということまでしっかり設定なさってましたしね!ヽ(´ー`)ノ

そんな32周年更新でした。
あまり間を置かずに第二弾やりたいですが、仕事が落ち着く気配がないので自信はないです。液タブ楽しいのでもっとお絵描きもしたい。
posted by はらよしかず at 18:50| Comment(3) | ボーグマン