そんな訳で連載2回目です。一応ラストまで書いたのでコンスタントに掲載できそうです。
云っておきますが広げてそして畳むのは風呂敷ではなくハンカチなので、過度な期待は禁物です。ゆるゆるとお付き合い下さいまし。あと今作のSF設定回りは終始ふわふわしているのでツッコミ禁止です。みんなだいすきザ・松田。
6月は下旬にぽかっと時間ができる分7月がめっちゃ忙しくなりそうなので、今月中にいろいろ準備を進めたいトコロ。小ネタがあるので時間が空けば火曜日に更新するかもです。
余談ですがヤマト2202の円盤のオーディオコメンタリーで、山ちゃんと羽原監督のやりとりの中でダストジードの話題がちらっと出たとかで、そこだけ聴いておっふ…となりたいのですがセル版だけなんでしょうなあ(´・ω・`)収録の際に麻宮(菊池)先生ともお会いになられてボーグマンの昔話をされたとかで、あんだけのビッグネームになっても、山ちゃんにとってボーグマンは大事な作品だったんだなあと思いたい。というか、山ちゃんにとって経歴的にどんな位置づけなのかは知りたい。どこかでコメント残されてませんかねえ。
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【惑星マリス/前線基地R周辺】
植物の匂いが一斉に鼻腔に押し寄せる。
目を空けたアニスの視界に入ってきたのは、様々な緑によって構成された、鬱蒼としたジャングルだった。
「ここ…一体…」
あの時。
自分は伸ばされたリョウの手を掴み切れず、闇の色をした雲に包まれて目を閉じ―――ここに立っていた。
体は傷一つ負ってない。どういう理屈かは分からないが、あれに殺傷能力はなく、自分を別の空間へ飛ばしただけらしい。
「テレポーテーション…みたいなものかしら…」
だとしたら話は早い。
ソニックレシーバーでメモリーに連絡すれば、すぐにリョウたちが迎えに来てくれるだろう。
アニスはソニックレシーバーの通信ボタンを押した。だが。
レシーバーはまるで無反応で、モニターには雑多な線が川のように流れるだけだった。
電波妨害?
そう思おうとするアニスだったが、彼女がサイボーグの体に秘めた分析能力は、最悪の結論を導き出そうとしていた。
このジャングル―――
群生する多種多様な植物、
時折姿を見せてはすぐに隠れる様々な動物、
その中に、地球の生態系の産物とは思えないものが混じっていた。
何よりも。
大気に地球には存在しない成分が含まれている。
それはごく僅かなものだったが、自分の暮らす世界との違いを知らせるに充分だった。
ふと、空を見上げる。
時刻は分からないが、空はオレンジ色に染まっている。
だが。
地上に覆いかぶさるように、煌々と赤く輝く巨大な月は、明らかにアニスの知っている月ではなかった。
「地球じゃ…ない?」
アニスの足元から絶望が這い上がる。平静を保とうとして、それでも足が震えるのを自覚せずにいられなかった。
その時―――
がさり。
意志ある者による音がした。
アニスはすぐ側に立っていた樹木の影に身を潜めるべく、そちらに足を向けようとしたが、それより先に“それ”がアニスを視認してしまい、対峙し合う格好になった。
“それ”はわらわらと、緑の深い茂みの中から三体出てきた。
(…妖魔!?)
アニスは一瞬そう思った。
「オペラ座の怪人」を連想させる真っ白な顔には、横長の長方形をした両目のみ。その顔を、昆虫をヒューマノイドにしたような独特のプロポーションの上に乗せていた。手には風変わりなデザインの大きなハンドガン。
しかし。
『こいつか?』
『あの歪みから出てきた生命体で間違いなさそうだ』
『珍しい現象だったな。…持ち帰ってドクター・カリガーに引き渡すぞ。何か役に立つかも知れん。我らノーザの勝利に』
(ノーザ?)
どうやら妖魔ではないらしい。
しかし、彼らの乾いた会話で、捕らえられたら実験動物にされることだけは確信した。
『大人しくしろ。人間』
異形の三体は一斉にアニスに銃口を向ける。
「ごめんだわ」
先手必勝。リョウとチャックなら、こういう時は一歩前に進んで活路を見出す。
アニスは強く地を蹴り、真ん中にいた一体の顔面に膝蹴りを喰らわせる。
予期せぬ奇襲を正面から受け、どう、と仰向けに倒れ込んで気絶したノーザを軽やかに飛び越え、アニスは全力疾走した。
『!っ…おのれっ…!』
『あれは…本当に人間か?』
(あんたたちに云われたくないわよ!)
必死で駆けつつも、機械で強化された彼女の耳は、残る二体のノーザのコメントをしっかり拾っていた。
このジャングルには人の出入りがあるのか。
靴や轍で踏みしめられ草が生えることが叶わなくなった土の道をなぞり、アニスは走った。
彼らを振り切ったと思った。だが―――
「あっ…!」
突如。
目の前に巨大な人影が現れ、アニスの前進を遮った。
先刻の三体と同じ、両目だけを光らせる白面。しかし、彼らの一回りは大きい体格と末端肥大型の手足、頭から生えたふたつの大きな角が、彼らの「上位互換」であることを窺わせた。
『キサマ…』
角を持つノーザは、思わず後ずさるアニスを微動だにせずじっと、眺める。
『我らと同じか?』
「なっ…」
妖魔に似たバケモノに、再度人外扱いされたことにアニスは本気で腹が立った。
「失礼ね! 私のどこがあんたたちと同じなのよ!」
何故か。
表情など窺えるはずもない白面が、にやり、と嗤った気がした。
『これはいい素材だ! 我らの部品になり得る! アドミス様もさぞお喜びになるだろう!』
昏い希望に満ちた言葉を吐き出し、角を持つノーザはその白く大きな手を無造作に伸ばし、アニスの首を掴んだ。
「あっ…! くっ…ぅ」
何を云われているのか分からない。アニスが逃げられなかったのは、そんな混乱に付け込まれたからだ。
アニスは抵抗しもがくが、白い手はまるでびくともしない。絶対絶命のピンチを自覚した、その時。
カシューーーーーーン!!!
ジャングルの奥から赤い閃光が奔った。
閃光の軌道は白い手を狙っていた。だが、いち早く察知していた白い手はそれを避ける。しかし、手中にしていた獲物―――アニスがそこでできた隙を逃すはずがなく、彼女は拘束の緩んだ白い手を振りほどく。そして、閃光を避けたことで体勢を崩した相手の向う脛を、サイボーグパワーを乗せて思い切り蹴りつけた。
『ガッ…!』
角を持つノーザの膝が折れ、ぐらり、と前のめりとなる。異形の者でも向う脛への攻撃は効くらしい。アニスはそんな妙なことに感心しつつ、目の前に晒された無防備な後頭部に、とどめの踵落としを喰らわせた。
『!! っ…おのれっ…!』
角を持つノーザは、アニス渾身の一撃を堪えていた。小賢しい、とばかりに顔を上げアニスを睨みつける。
「ええぇ! これで倒れないなんてウソでしょ!?」
アニスが驚いた瞬間。
「そこまでだ」
「そこまでよ」
ジャングルの奥から、銃を構えた2名の男女が現れた。
何故か。
その銃はアニスがよく知るソニックガンに似ている。…気がした。
『……!』
「蹴られるほど嫌がられてるのに、しつこいんだよ。最低のナンパだぜ?」
「あなた」
女がアニスに目くばせする。
「危ないからこっちにきて。できるわね?」
敵か味方か。アニスの逡巡は、女の凛とした声に打ち消された。
地を蹴らんと爪先を女の方に向ける。
角を持つノーザに銃口を向け、いつでも銃弾を放てるよう構えている男と女。
ジャングルが緊張感で充満する。だが。
角を持つノーザは反撃することなく、無言で大きく跳躍し、あっという間にその場を離れ視界から消えていった。
「なっ…、待て!」
「待って。今は彼女を優先しましょ」
女はそう云って、アニスに視線を向けた。
疑惑。警戒。好奇心。女から向けられる凝視には様々なものが入り混じっていた。
それでも敵意は感じられない。だが、男の方は。
「君は何者だ?」
女は既に銃を下ろしていたが、男は先刻まで角を持つノーザに向けていた銃口をアニスに向け直し、距離を取っていた。
「ちょっと、チャ」
「気を抜くなアップル。あいつはノーザ・ウォリアーズだぞ? 何の武装もしてない女の子が、あれと互角に戦えるなんてあり得な…」
「チャック!?」
アニスは目を見開き、そう声を上げる。
「…へ?」
意外なリアクションを前に、男の緊張が一気に解けた。
「あ…」
アニスを軽い失望感が襲う。ブロンドに長い睫毛を湛えた瞳、整った顔立ちは仲間の男に非常によく似ていた。何より声は他人の空似を超えている。
だが、その男はもう一人の仲間のリョウと同じぐらいの背格好で、よく見たら髪型も違う。
「ごめんなさい。…知り合いによく似ていたから…」
男はふむ、と少し考えた素振りを見せ、銃を下ろし紳士の顔でアニスに近づいてきた。
「“チャンプ”の間違いじゃなく? …オレのコードネームなんだけど」
「…そう、なの。名前も似てる…喋り方もそっくりなのね…でも、彼の名前は“チャック”だから」
「そんなに似ているのかい? 詳しく話が聞きたいな。できれば…2人きりで」
「途中からナンパになってるわよ。まったくもう」
アップルと呼ばれた女がチャンプを睨む。彼女もコードネームだろうか。
…そもそも、彼らは何者?
チャンプは素早くアニスを観察する。彼は別に警戒を解いた訳ではない。もしかしたら、「自分に似ている知り合い」は咄嗟についた嘘で、自分たちを信じさせて隙をついてくるかも知れない。とりあえず乗ってみて、罠だったらアップルが然るべき対処を取ってくれる。そう思った。
そう、決して。
目の前の女の子の。
青い襟のセーラージャケットとピンクのインナー越しから十二分に窺える豊かなバスト。
ブラウンのセミロングの髪の一部を毛糸のリボンで後ろにまとめた、ハーフアップの髪型。
睫毛の多い薄茶色の瞳が印象的な少し幼めの顔立ち。鼻はややお団子気味だが、そこがまた愛らしく思える。
黒のタイトなミニスカートと、淡いクリームイエローのニーソックスから垣間見えるはち切れそうな太腿。
何とも男心をくすぐるパーツで構成された、健康的なお色気に溢れたルックスにそそられた訳ではない。ないのだ。
これって何て云うんだっけ? あいつがよく口にしていた…
「おっじょーーおーーーさーーーーーーーん!!!!!!!」
ある単語を思い出そうとしていたチャンプの背中に衝撃が走り、彼はそのままうつ伏せに倒れ込んだ。
「ねえねえ君何て云う名前? どっから来たの? あ、オレはJJ! ホワイトナッツのはりきりボーイ!」
キラーン☆という擬音が聞えてきそうな怒涛の勢いで、「あいつ」は捲し立てている。
そうだ。
「むちむちギャル」だ。
「…JJ」
チャンプは自分の背中をどすどすと踏みつけ、ハイテンションで女の子に迫っているJJに、怒気の籠った低い声を投げかけた。おそらく、奴の目の中でハートマークが乱舞しているだろう。
それぐらい、彼女はJJのド直球ストライクゾーンのはずだ。
「どけぇ!」
チャンプは思いっきり体を起こした。その反動でJJは転倒し、派手にすっ転ぶ。
「んだよチャンプ! 人の恋路の邪魔すんな!」
「蛇に追われて遅刻して人の背中踏んづけて云うことがそれか! 恋なら蛇と語り合ってろ!」
「だーーーーっ!! オレを見捨ててとっとと行ったのはそういうことか! お嬢さん、こいつに騙されちゃ駄目だ。こいつとんでもねームッツリスケベの変態だから! 近寄らないであっちでオレと…」
「だーれーがームッツリだ変態だ!! もてない類人猿が名誉棄損してんじゃねえ!!!」
「ふたりとも」
顔を正面から寄せ合い、云い合いを加速させる2人の男に、アップルの静かな怒りが忍び寄った。
「うるさい」
その言葉と同時に、アップルはジリオンを握り直し、JJとチャンプの脳天めがけてグリップでごんごん、と叩いた。
「「だっ…!!」」
「話が進まないじゃないのよ! そのままちょっと黙ってなさい!」
頭を抱えて苦痛に耐える男2人。彼らのやりとりを呆気に取られて見守る「お嬢さん」。
「JJ〜、ひどいじゃないか置いていくなんて……何が、あったんだ?」
JJたちと共にジャングルを降りた直後、うっかり尻尾を踏んづけて怒らせた大蛇とJJの追いかけっこに巻き込まれたデイブは、えっちらおっちらとふくよかなお腹を揺らして彼らに駆け寄った。
【メガロシティ/ボーグマン基地】
「やられたわね」
様々な計器と端末で無機質に構成された一室。
彼女専用の大きめのチェアの背もたれに背中を預け、ボーグマンチームのリーダー―――メモリー・ジーンはふう、とため息交じりの言葉を落とした。
彼女の目の前にはリョウとチャック、2人のボーグマンが沈痛な面持ちで立っている。
「おそらく、妖魔は転送システムの位相に干渉できる“何か”を仕掛けていたのよ。そのせいで位相に綻びができて、別の空間につながってしまった」
「アニスはそこに引きずり込まれちまった…って訳か」
腕を組み、考え込むようにチャックは小さく呟く。
「転送はね、送信と受信で生じる距離を、空間を曲げてひとつにした一瞬に行われているの。それは様々な時空に繋がる穴をすり抜けて、決められた地点を繋ぐ行為でもある。それ以外は通れないようにプログラムを組んであったんだけど…」
フリッツ博士の遺したデータによってギルフィールドを無効にし、ボーグマン3人の安全を第一に考えてより強固なものにしたつもりだった。だが、彼以上に「転送」に関する理論を構築した者がいる。妖魔に寝返ったかつての同僚であるギルバート・メッシュと、もうひとり…
「原因なんかどうでもいい」
低い声でリョウがやっと言葉を発し、だん、と横にあった機器に拳を叩きつける。
アニスが“消失”した後、からくも妖魔獣を倒してこのボーグマン基地に戻ってくるまでの間、彼はほどんど無言で暗い目をしていた。
「アニスはどうなってんだ!? 今どこにいるのかぐらい分かんねえのかよ!!」
「おい、リョウ」
メモリーに食って掛かるリョウをチャックは制した。リョウは完全に動揺している。握り込まれた彼の拳は、明らかに震えていた。
無理もない。
目の前で助けを求めていたアニスを救えなかった。それはボーグマンという“ヒーロー”たらんとするリョウにとっては耐えがたい失態のはずだ。
ましてや、2人で守ると誓っていた仲間の女の子であれば尚更…。
「妖魔神官か? ダストジードか? 手がかりになるんだったら今すぐ捕まえに行ってやる! だから早く何か云ってくれよメモリー! こうなったのはオレの…」
オレのせいだ。
ぱん。
その言葉は、基地内に響いた乾いた音で遮られた。
メモリーがすっと立ち上がり、平手でリョウの頬を打ったのだ。
普段どんなに厳しいことを云っても、決して手を上げることはなかったメモリーの行為にリョウは茫然とし、側で見ていたチャックも目を丸くした。
「落ち着きなさい」
メモリーは毅然とリョウを睨みつける。
「アニスは時空のどこかにいるわ。必ず探し出して助けます」
そして、ふ、と口元を和らげた。
「…私が断言して、遂げられなかったことがあったかしら? リョウ」
赤く染まった頬をつと撫でて、リョウは正気の戻った目でメモリーを見返す。リョウを苛んでいた自責の念は、メモリーの平手打ちとこの言葉で抜け落ちた。
「…悪い、目が覚めた」
いつもの口調に戻ったリョウに、チャックにも安堵の表情が浮かぶ。
「さて、どうする?」
「装着されずに“返送”されたアニスのバルテクターを調べてみるわ。何か手がかりがあるかも知れない。あなたたち2人は、もう一度メガロビルに戻って痕跡を調べて。アニスを飛ばした何らかの物質が残っているはずよ」
「了解!」
リョウとチャックはそう云って、すぐにドアの向こうへと消えた。
***
2人を送り出した後、メモリーは愛用の眼鏡を外し、軽く天を仰いだ。
リョウに云った言葉は嘘ではない。アニスは必ず助け出す。
だが、さすがに「すぐに」という訳にはいかない。時空の穴は、人間の持つ“if”と同じぐらい無数に存在する。彼女が飛ばされた時空を見つけることは、大海に浮かぶ玩具の小舟を探すに等しい。繋がりとなり得るのは、アニスが持つソニックレシーバーのみ。
せめて。
アニスが飛ばされた世界が、「転送」の概念を理解できる科学水準を持っていることを―――。
自身が身を置く状況から「神」を信じていないメモリーだったが、今回だけは神仏に祈らずにいられない心境だった。
(続く)
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