2021年04月13日

【祝】ボーグマンぬりえ1&2【33周年】

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間が空いた上に、アニス誕やラバレ感想を放置で33周年記念記事です。アニス誕アフターの方はちびちび書き進めてますが、アニスの在り方そのものの考察が絡んできて、かなり長くなりそうなのでしばらく忘れていただきたい。あといい加減セーブしつつ書かないと、(エゴサでもされてた日には)園田氏に訴えられそうでヽ(;´ー`)ノ
ラバレも当面放置させて下さい。すいません。鉄を熱いうちに打たないからタイピングが進まなくなるのよよしかずちゃん。

と云う訳で、今年は先日ヤフオクで激闘()の末入手したボーグマンぬりえ2冊目と、紹介しそびれていた1冊目のメイン部分を紹介させていただきます。2冊目の存在はまんだらけの通販(既に売り切れてました)で知って、あちこち張り込みを続けて3年は待ったと思います。いいトシのBBAがぬりえに出す金額じゃないよねというぐらい競りましたが後悔はない(血涙)。

先ず1冊目のショートストーリーから。

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アバンガ塗りたいキッズはいたのか、そもそも何でアバンガだったのか。ハイテンションな乱堂とトオルにじわる。それはともかくこのおはなし、実はボーグマン本編でいちばんあるあるだった戦闘パターンを忠実に再現しています。作画のぬるさまで再現せんでええのに。

妖魔がでたぞー!→
ボーグゲットオン!(歌い始める山寺宏一)→
アニス変身で男性視聴者は瞬間、心重ねて→
ちょっと不利になる妖魔→
妖魔神官「じゃあ増援呼んでトリプルモンスターにするね」→
なんだかんだで優勢に→
バトルゲットオン! もしくはスーパーサンダーアターック!→
キュイーンドカーン! カッコいいだろ親に玩具ねだれよキッズ共!→
シンジ大丈夫だったか? うん!(今週も生き延びたかこの餓鬼ィ)


特撮のフォーマットを意識してたんならパターン化は別にありなんですが、なんせ戦闘での駆け引きが描けてなかったし、玩具縛りのせい? でメリハリもなかったのが大きな敗因でしたよね。その辺は変化球担当だった会川氏はともかく、岸間&園田氏は上手くなかったですなあ。そこはボーグマンに負けず劣らず大味だったクロ逆を引きずったんでしょう。アッチはロム兄さんによる外連味が強かったからまだ良かったですけど。

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ぬりえ2冊目の裏表紙。1冊目にはいなかったファントムスワットが登場しています。美姫がちょっとえっちくさい。

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2冊目はバンクシーンや版権イラストのトレースがメインで、1冊目のフリーダムさがなくなっているのが非常に残念です。きゃらでざいなーのきくちみちたかせんせいのかっこいいえがぬりたい! というキッズの要望に応えたと思えば、そっちの方がアリですが。

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「いくぞ!」「うてー!」で駄目だった。どの話の原画からトレースしたのかは調べないと分かりませんが、なかなか線が綺麗で塗りがいがありそうです。バケツ塗りだけでそこそこいけそうな(そこはアナログで頑張ろうよ)。

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1冊目もですが、ぬりえの編集者はトオルの名前をリョウと勘違いしていた模様。主人公と同じ名前になることに疑問は抱かなかったんでしょうか。
バーガー署長とかぶっちゃけ誰得なのかと思いましたが、1冊目にフリッツ博士がいたので、オッサンキャラにもキッズの需要はあったということでしょうか。横のモブ警官ちょっとカッコいいですね。

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これはおおきなおともだちが認知しているファントムスワット。

そして

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これが現実です。目を逸らしてはなりません。
これが げ ん じ つ で す 。
子供にウソをついてない分、さすがは幼児向けですね(えぇ…)。
名前だけでも継承している可能性はあるんでしょうか。どっちかティナでどっちがトレントでしょう(鬼か)。
しかし改めてぬーたいぷの記事を読むと、チャックと美姫がいい仲になることまでバラしてるんですよね。菊池氏が後で葦プロに滅茶苦茶怒られたのは周知の事実ですけど、元凶としか思えないぬーたいぷの編集者はお咎めなかったんかしら。

最後にシルエットクイズ。

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全問正解者には何もありませんが、間違えた愚か者にはこれを執行します。

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チェンソーマン第二部とアニメ楽しみですね(関係ない)。
posted by はらよしかず at 18:00| Comment(3) | ボーグマン

2021年02月09日

【アニス誕】TVシリーズ感想スペシャル版・28話【本番】

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という訳で、前回は資料が中心でしたが、今回は本題となる28話感想です。
以前の考察と異なり、剣狼伝説等、園田氏の代表作に触れた上で視聴するとさもありなん、という感想。園田氏はクロ逆トークショーで、演出に脚本を変えられることがままあったと語られており、それはボーグマンでもあったと根岸監督がインタビューで告白されていました。たぶん園田回は特に演出サイドの介入があったんでしょう。

しかし28話は園田氏の手癖と情念が終始見え隠れしていることから、28話に関しては絵コンテでの変更はほとんどされてないと思われます。むしろ演出ぐるみで、園田氏が脚本に込めた主張が、池田氏の美麗な作画も相まって丁寧に描かれております。
神回レベルのクオリティで主張されたものは「アニスの挫折と成長」「アニスの過去」そして「リョウとの恋愛フラグの撤去」。園田氏の中で独り立ちしたアニス・ファームというヒロインを、どれだけ氏が愛おしく思い、「園田英樹ブランドのヒロイン」として成立させようとしていたかがストレートに伝わるエピソードです。それ故にアニス以外のキャラの影が薄く(特にリョウ)、本編の流れから微妙に浮いた内容となっていたりします。現在でも(アニスメイン回として)19話ほどに話題にならないのも、園田氏の思い入れが前面に出過ぎているからじゃないでしょうか。

・重苦しい空気が漂う27話のラストから一変し、治療中のアニスから始まる冒頭。アニス以上に致命的なダメージを受けていたはずのリョウとチャックがあっさり快復していて拍子抜けます。
・確かに27話を引きずるのは重すぎますが、空気感が日常パートのそれすぎて、会川氏が27話でこだわった要素のほとんどが一掃されているんですよ。それが28話に付き纏う違和感で、それは終始変わらないのでした。
・心配させるの分かっていて、何で子供たちをアニスの治療の場に立ち合わせているのかメモリー。
・いや分かりますよ。それが後にエピソードの要となる、モーリーとアニスの交流のための布石であることは。その「描きたい構図」「主張したいテーマ」に、キャラを強引に落とし込むのが園田脚本の特徴で、そこがハナについて仕方ないんですよ。
・「アニスはまだ悪そうだな…」のリョウの空気の読めなさが凄い。27話でアニスのために命がけでソニックブースターを発動させたリョウと同一人物とは思えない。アニスに向ける視線がどこか空々しくて、これまた終始変わらないところに園田氏の「この2人はくっつきません僕が認めません絶対にノウ!」という意志の漲りが感じられます。
・剣狼シリーズを見た後だと、それぐらいのことはやるだろうと納得できてしまうのが悲しいトコロ。ホビージャパンだったか、レイナ絡みのコラムで「自分は計算するタイプ」と語っておられましたが、情念が先走るタイプじゃないのかしら。剣狼が計算で成立した物語とは微塵も思えないンですけど。
・アニスが快復していないことを察して、自分たちの無力を痛感する子供たちの描写は悪くないんですけどねえ。シンジモーリー乱堂トオルの、それぞれの思いの吐露がらしくて良い。
・シンジいわく「ボクたちは妖魔をやっつけることができる訳じゃないんだ」はいここBパートまでちゃんと覚えておきましょうねー(イラッ)。
バルテクターの形状から逆算してダストジードの顔を割り出すメモリーの分析能力しゅごい…。いやいやとっくに顔はご存知ですよね…? レミニスの画像が入ったメモリーのペンダントの中のディスク、あの当時ではシャレた近未来の小道具だったんでしょうなあ。今ならSDカードですかね。
・まともに歩くこともままならず、海辺で転んでしまうアニスに駆け寄ろうともしないリョウとチャックの不自然さよ。ここ、「アニスを救うのはモーリーの役目だからお前らは何もするな。特にリョウお前はボンクラでいろ」という神の指令で「何もさせてもらえない」状態になってるんですよ。岸間&会川氏だったらまずやらせなかったことを押し通してる訳で、ホントそういうとこなんですよね…。
・というか、超者まで見てやっと気付いたんですが、園田氏は「悩んで心を閉ざして周囲の気遣いも疎ましがる」というテンプレが鉄板だったんですね。キャラの魅力や面白さに繋がってるかと云うと全然ですが。むしろ超者はそこが特大のマイナスになってますし。
・転んだアニスの前に現れたモーリーは、アニスを抱き起しながらあたしたちだって戦える、ボーグマンの手助けがしたい、と健気にアニスを励ましますが、アニスには当然モーリーでは無理なことは分かっている。その「あなたには無理」が昔メモリーに云われた情景と重なり、思わずモーリーを突き放します。
・すぐに謝罪しますが、ショックを受けたモーリーは駆け出してしまい、落ち込んで崩れ落ちるアニス。ここから回想に入りますが、男2人が目の前で起きたこの出来事に何の対処もしなかった(させなかった)というのがムカつく。お節介だろうが何だろうが、とりあえず何かしらアクションを起こすタイプだと思うんですけどね2人とも。少なくとも「オレにはアニスを見ていることしかできない」と傍観を決め込むのはリョウらしくない。
・アニスはスペースブロックの見学に訪れて妖魔に襲われたとありますが、園田氏はここに「歌手になるためにオーディションを受けに来日していた」という、リョウとチャックが宇宙に行くという夢を持っていたように、アニスにも歌手という夢があったという設定にこだわっていました。これが省略されていたのが今となっては意外です。園田氏が構想していたはずの「アニスアフター」を描く上で重要な設定だったはずなので。

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OUTの記事より。
アニスの過去設定は二転三転した形跡が窺え、園田氏が相当に手を加えたのか、
Pや他スタッフと検討を重ねた結果なのかは不明。


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アニメージュのあらすじ紹介文より。
歌手志望だけでなく、アニスにはボーグマンシステムだけでなく、
事故で亡くなった子供たちの臓器が移植されているというプロットもあり、「子供たちに生かされている」
としたかった様子もあります。没になったのはエグいからでしょう。


・「妖魔に殺された子供たちの無念を晴らす為、そして今は生徒たちを守るためにボーグマンとして戦う」と「歌手になる夢を追っていた」の両方は尺の都合で詰め込めず、泣く泣く後者を諦めて前者に絞ったんでしょうか。ここまで考えて思ったんですが、園田氏はこの28話を会川氏の13話と対にする意図もあったのかもなあ。
・云うのは野暮ですけど、アニスだけがスペースブロックの惨劇の被害者として、メモリーに手術されてるのが引っかかります。他にも被害者は相当いたんじゃないの…? 
・コールドスリープ状態にあったボーグマンたちは既に無理だったんでしょうけど、あの時のメモリーがその場に居合わせただけの見学者の治療ってちょっと無理があるような。というかリョウとチャックは何してたんだろうか。
・こういったことの背景が見えてこない点とか、如何に「描きたい要素」で繋いでいったかが窺えます。関係あるようでないンですが、サイレント某もそういう作品でしたよね。似た者同士だったのかも知れない。
メガロビル上空にギルトライアングルが出現することを察知したメモリーの連絡で、リョウとチャックは出撃。その際にアニスに今回は俺たちに任せておけーと呼びかけますが、アニスは返事もせずに俯いたまま。「あたしには無理なんだ…」と完全に落ち込んでます。
・俯瞰から見ると、落ち込むヒロインを放置し続ける仲間たちという薄情な構図で、「アニスなら自分で立ち直ると思う」という台詞をリョウに云わせているのがまた云い訳がましい。
「アニスを立ち直らせるのは生徒(モーリー)」という大前提と、リョウに接近させるとリアルタイムで撤去中のフラグがまた立つから駄目、という園田氏の思惑が丸出しなんですよ。
・ボロクソ云ってますが、サイボーグ手術によって死の淵から生還し、退院の日を迎えたアニスとメモリーの会話は本編屈指の名場面と断言します。「厳しいリハビリによく耐えたわね」が泣ける。手術が成功した後も苦しんで、それを乗り越える強さをアニスは持っていたのかと。
普通の少女の顔から戦士として生きる決意をメモリーに見せる瞬間は、演出と鷹森さんの演技の相乗効果で特に印象に残ります。アニスに関しては演出にも気合いが感じられて素晴らしいのですが、一方で露骨にリョウとアニスの間に距離を作っていたのだけはいただけない。園田氏の意向を全面的に汲んだんでしょうかね。

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「絶対に助けますからね」のメモリーの声に
応えるように指が僅かに動くところが好き


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この辺りのカットは
勝生&鷹森両氏の演技を含め
すべて最高としか云いようがない


・時系列がよう分からんのですが、この時既にリョウとチャックは戦闘用サイボーグの手術を受けていたんでしょうか。彼らを戦いに巻き込むことを望んでなかったメモリーが、一般人のアニスの「あたし戦いたいんです!」という決意をあっさり受け入れたのがちっと釈然としなかったり。すったもんださせる訳にもいかないからそうしたんでしょうけど。
・だからまあ、本当に「そういうとこ」なんですよ。他スタッフ、特に会川氏が組み上げてきたものを反故にしてでも、「俺ヒロインのアニス」を押し通してるんですよね。
・ものすごく好意的に解釈するなら、メモリーはリョウとチャック、そして自分のサポートにするなら大丈夫だと思ってたのかも。ジリオンで云えばエイミみたいな。
・リョウたちが向かうメガロビル付近に、何でかシンジとトオルがうろうろしています。妖魔の居場所を探さなくちゃ! とシンジが基地からガメた探知機で妖魔を探していました。何でお前さんは人様から物を盗むんだ許せぬ今から奉行所に行く(半天狗回想自重)。
トオルは終始咎めてましたが、シンジは「ボクたちができることは消えた妖魔を見つけることぐらいだろう!?(キリッ)」と危険へ危険へと突き進んだ模様。27話と立場が大逆転していて、ここも28話が浮いている原因のひとつなんですよ。
・そうそう、皆さんAパートもですが、その27話を思い出して下さいシンジが何を云ったのか。「ボクたちが勝手なことしてどうするんだ!」
・ここでシンジをフルボッコにするのは簡単ですが、作劇上、ボーグマンの戦う姿を見届ける生徒たちという構図が欠かせなくなっていたので、シンジを使うしかなかったんでしょう。シンジはもう「生徒代表」化していて、乱堂を引っ張り出すと散漫になりそうだったし。それでも30話のブレ方はあんまりですよねえ…。
・こうなると、むしろ27話でシンジの成長を書こうとした会川氏の方が余計だったのかも知れないなどと。決して間違ってはいなかったんですが、終盤の構想にはそぐわなかったということかなあ。
ボーグマンがまだ生きていたことに驚くダストジードですが、アンタちゃんと死亡確認しなかったから…27話のラストで浮かれて哄笑しちゃってやあねえ恥ずかしい。
・ギルトライアングルを降下させるべく、ダストジードの放った妖魔に強襲されるメガロビル。ねえここメガロシティの中枢の割に、何でセキュリティこんなに甘いの…?  小学生も入り込んでますよ…? シティポリスも世界警察ももっとガード強化してなきゃダメじゃん…19話から全然改善されてないじゃん…。
・メガロビルに到着したリョウはシンジとトオルに遭遇し、「余計なことばかりしやがって!」と怒ります。実はリョウが子供たちにこんなキレた態度を取ったのはこれが最初で最後なんですよ。ぶっちゃけ、シンジの無謀は園田氏的にも本意ではなく、リョウを使って視聴者の気持ちを代弁させたと取るのは穿ちすぎでしょうか。
・砂浜でずっと蹲っていたアニスの前に、再び現れたモーリーが手渡したのは、自分の花壇で育った花。
・突き放されても尚、アニス先生に寄り添おうとするその健気な姿に、やっとアニスは立ち直るきっかけを掴みます。これ自体はいい場面なんですが、ここを描くためにいろんなものを台無しにしてるので、素直に見ることができない。
・チャックのバギーで出撃しようとするアニスを「今の貴女の体では無理よ」と止めるメモリー。アニスにとって地雷だったこの言葉を彼女は乗り越え、バルテクターを装着しメガロビルに向かいます。
アニスに無理をさせたくないという配慮からメモリーは静観していたようですが、根岸監督の解釈は違ったようです。これは後で触れます。
27話の妖魔ズほどには強いとも思えない(ダストジードもボーグマン対策は考えてなかったようだし)妖魔機人(?)ガナッシュにめっちゃ苦戦するリョウとチャック。シンジたちはサンダーが保護して離れたので、足でまといはいない状況なのに冴えないなあ。まあ理由はミエミエなんですが。
・2人の大ピンチを救ったのは颯爽と駆け付けたアニス。立ち直った彼女を前に「それでこそアニスだぜ!(ヒュー)」。さんざん放置しておいて何云ってんの。
妖魔工場DE合体した妖魔とガンウォーリアで応戦するアニス。苦戦しますが、心に浮かぶモーリーの笑顔、生徒たちの笑顔を支えに妖魔に反撃。その間ドン臭い行動しかしない男2人。アニスが迎え撃つ前にさっさとソニックウェポンぐらい出しておかんかい。
・子供たちを守る為にも妖魔なんかに負けられない。自分の弱さにも打ち勝ってみせる。それを描きたかったのはすごく伝わります。だけど、その後「アニスにおまかせ!」等で出された裏設定を台詞に反映できてない。アニまかによると、アニスの戦う動機は最初「メモリーへの恩返し」だったとか、事故に巻き込まれた見学者の子供たちも台詞だけで1カットも出てきてないので、一連の裏設定は掘り下げどころか、逆にノイズになった気がして仕方ない。

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アニスにおまかせ! より。実際に放映された28話の
内容との齟齬がいちいち気になる。

・なもんで、アニスは退院したらメガロシティでのことは忘れて、歌手になる夢を再び追うこともできた。だけどリョウとチャックと同様、夢を封印して戦士になることを選んだ。おそらく園田氏が必要不可欠としたこの設定を、28話で全部カットしたのは大正解でしたね。これも盛っていたらアニスがどういうヒロインなのか、園田氏にしか分からないことになっていたと思うので。
・妖魔を撃退したものの、その隙にギルトライアングルはメガロビルに降下。ビル内に留まったシンジとトオルの運命や如何に!? というところで28話終了。とりあえずシンジはトオルとそのご両親に土下座しろ話はそれからだ。
・ダストジードと妖魔の犠牲になったメガロビル職員のことも時々思い出してやって下さい。脱出成功した職員の方が多いと信じたい。
・この通り、最初から最後まで「すべては(アニスという)ヒロインを輝かせるため」というエピソードだった訳ですが、その為にリョウとチャックは弱体化してメモリーはアニスを放置。傷つけられてもアニスの手助けがしたいと動いたのがモーリーだけ(乱堂は何してたの)。
・こういう「ヒロイン我が愛」を悪い意味でアップグレードさせて生まれたのが「剣狼伝説3」だったんじゃないかと思います。タイミング的にも、剣狼3の制作も進行していたと思われますし。また改めて書きますが、剣狼3がああいう内容になったのは、園田氏が28話以降の構想に関われなくなったことも遠因してるんじゃないかと思ってます。

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ラストバトルのアニスの回想より。このテキストを打っている最中に気付いたんですが、「メモリーならあんな風にアニスを放っておいたりしない」という根岸監督の「反論」だったのかなと。
タグ:感想
posted by はらよしかず at 20:33| Comment(3) | ボーグマン

2021年02月05日

【アニス誕】TVシリーズ感想スペシャル版・28話【準備編】

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正直もうやれること思いつかないし、今年からスルーするか…と思っていたアニス誕ですが、28話感想を保留したままなのを思い出したので、この機会に徹底的に考察しようと思った次第。かなり以前に考察した時にも書きましたが、28話はそれまで伏せられていた「アニスがボーグマンになった理由」と彼女の成長が描かれた回。脚本はもちろん、作画、演出共に神回レベルの内容ですが、同時にアニスというヒロインが、作品の解釈で折り合いを付けられないままだった根岸監督と園田氏の間に、更なる不協和音を呼び込んでいたことが窺える回でもあります。
28話の感想を語る前に、28話の主軸であるアニスの設定の情報の整理、そこから浮かび上がるモノの確認から始めようと思います。

先ず28話が放映されたのは1988年10月26日。その前後のアニメ誌のアニスの採り上げられ方ですが、

アニメージュ11月号→菊池通隆特集
アニメージュ12月号→別冊付録「アニスにおまかせ!」
アニメージュ89年1月号→アニスカレンダー
アニメディア89年1月号→「バイバイ、アニス」特集
ニュータイプ12月号→アニスすっぽんぽんポスター
OUT12月号→28話特集+すっぽんぽんイラスト

これらより少し前のアニメディア9月号の別冊付録では、園田氏によるアニスの短編小説「アニス、夏のダイアリー」が掲載されており、ここで28話の一部ネタバレがされてます。この記事に掲載しております。

【付録】続・アニメディア1988年9月号【小説】

8月発売の雑誌付録の時点で、園田氏はアニスの過去を「早バレ」したことで、先手を打ったように思えます。後の根岸監督のインタビュー等では、監督には園田氏とは異なるアニス観及び設定があったようで、園田氏は根岸監督に異を唱えられる前に、「先にやったもん勝ち」で、この小説の内容を以てアニスの過去を公式化する意図があったと思われます。

話を戻して。上に記しただけでも、各アニメ誌の10月号〜89年1月号までのアニス関連での盛り上がりの凄まじさが窺えます。特にアニメージュの別冊「アニスにおまかせ!」と89年1月号のアニメディアのアニス特集は園田氏の独壇場と云っても過言ではないレベルで、「園田プロデュースによるアニス・ファーム像」が語られています。

特集記事を通じて、園田氏が特に強調した設定が

・アニスは歌手になる夢を抱いており、オーディションを受けるために来日して事故に遭遇し、ボーグマンとなった。その夢を諦めておらず、妖魔を倒したらまた歌手デビューを目指す。
・アニスはリョウに魅かれているとも云えるし、そうでないとも云える(サム8ステイ)。

前者の歌手云々は、初期からあった設定を残していたと思われます。一方で、園田氏は矢尾一樹氏のアルバム制作に関わる等、あの当時ではまだ珍しかった声優プロデュースを手掛けており、水谷優子さんともクロ逆から「単独デビュー」を果たしたレイナを共に作り上げ、メディアミックス化を進めておられました。アニスの歌手志望設定は、本編終了後にアニスをレイナと同様にコンテンツ化するために不可欠になったのでしょう。

勝手な想像ですけど、園田氏は「妖魔のいない平和なメガロシティで、歌手として忙しい日々を送るアニス」を、鷹森さんの協力を得て後日談として発表したかった。それを主軸としたメディアミックスを構想していたんじゃないかと思ってます。実際それを成したレイナは絶好調でしたし。既にレイナ以上の人気とポテンシャルがあったアニスで、「NEXTレイナ」をやらない理由はありませんでしたし。

しかし、本来は恋愛要素を入れる予定がなかったボーグマン3人の間に桂美姫が入り込み、チャックと恋仲になってリョウとアニスが接近するという路線変更が、園田氏にとってネックになったと思われます。アニスの単独プロデュースをやりたい園田氏にとって、リョウとの恋は邪魔な要素。だから念入りにリョウとアニスの関係を否定されていたんでしょう。
長くなるので根拠は別の機会で書きますが、根岸監督も当初はやる気のなかった恋愛要素は(オレンジロードのPでもあった)堀越Pがねじ込んだのではないかと推察してます。

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園田氏のリョウとアニスの関係に関するコメントの変遷(再掲)。アニメージュ10月号のコメントは何度読んでも不可解で首を傾げる。本編では既にチャックと美姫の関係は順調に進行しており、ボーグマン3人に「ドロドロした三角関係」は起こり得ないことになってました。ここで挙げられている「冒険者たち」はジリオンスタッフも意識していた映画ですが、そこまでは手を入れられずホワイトナッツの三角関係は「匂わせ」で終わったようです。でも園田氏の場合、放映が予定通り3〜4クールだったとしてもやらなかったと思いますけど。
そこもさることながら、リョウとアニスのコメントの温度差が腹立たしい。リョウが馬鹿で短気に見える回って、岸間&会川脚本回では特に見当たらないし、アニメージュ12月号では演出の加戸氏がリョウの思慮深さを語っておられてるしで、園田氏は一体リョウの何処を見ていたのか。やっぱり夏目想太郎の影ですかねえ。
まだこの時は打ち切りがちらつけども時期が決まっておらず、根岸監督よりも作品の手綱を握れる立場にあったと思われます。この辺から園田氏はボーグマン本編よりもアニスに強く魅かれ始めたのではないかと。

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メージュ12月号付録の「アニスにおまかせ!」では、リョウとアニスの接近は認めつつも「もう尺がないので描けません(意訳)」。各アニメ誌の12月号は28話の放映後に発売されており、「アニスにおまかせ!」は28話で描かれなかったアニスの過去の補完と、彼女が歌手になる夢を抱いている等、「園田版アニス・ファーム読本」としては究極の1冊。しかしここで発表された一連の設定、根岸監督をはじめとするボーグマンスタッフがどれだけ認知していたかは大いに疑問(たぶん全員寝耳に水だったと思われ)。
でもアニスファンにとって、この本の価値は菊池氏の描き下ろし部分にあり、園田氏の設定を公式として認知していたかは怪しいですけど。

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放映終了直前のアニメディアのアニス特集とホビージャパンEXのコラム。本編は根岸監督に主導権が移り、園田氏の手から離れていたと思われます。
ホビージャパンEXのアニストークと併せて読むと「アニスにとってリョウへの思慕は一時の気の迷いで、本当の恋の相手はこれから出会うリョウ以外の誰か。そしてアニスはすべての男性にとっての“母親”となる」というビジョンを思い描いていたことが窺えます。
後日談のラストバトルが「リョウとアニスの恋愛」にスポットをあてた内容なのは早い時期から確定していたので、それに対する牽制だったのではと思えます。ホビージャパンEXのコラム自体、「ボーグマンの原作者は自分であり、自分がノータッチのラストバトルはばったもん」と云いたげですし。

ブルーレイBOXのねぎし監督インタビューから引用。

ボーグマンは元々4クールの予定が3クールに変更になったこともあって、総話数が不確定だったのですが、28話ぐらいの時期に全35話になることがほぼ確定しました。最後のまとめ方については、読売広告社のプロデューサーに自分が考えていた案を話したところ「それいいよ。絶対にいいからそれでいこう」と言ってもらえたので、その28話ごろのタイミングで「最終話の脚本は自分に書かせてほしい」とみなさんから了承を取りました。そこからは、最後に向けてこれまでの伏線を回収しつつ、だんだんとまとめていきました。

いろいろと舞台裏が勘繰れる内容ですが、作品の構成的に、28話がちょうど「作品の転換」だったのは確かなようです。総話数が確定する前に、園田氏は雑誌媒体に進んで「アニスの」情報を提供し、「アニスの主導権の掌握」に王手をかける。その意図が28話にはあったと思えます。園田氏がメインで関わった作品の傾向からしても、最終回は園田氏が手掛ける予定だったと思われるので、そこで(最終回で人間化したレイナのように)「物語の終焉、そして園田ヒロインとしてのアニスの再スタート」が描かれるはずだったんでしょう。

根岸監督の後半での介入をどれだけ想定していたのかは知る由もありませんが、アニスだけは確保できるよう外堀を埋めていたんじゃないかと思います。脱線しちゃうので深追いしませんが、インタビューの抜粋部分、園田氏には葦プロの加藤Pが付いていた(園田氏の参加は加藤Pの指示だったそうなので)のに対して、根岸監督は読広のPのバックアップで、園田氏から作品の主導権を取り返したと取れるので、その辺での葦プロと読広の力関係がちょっと気になります。
正直、アニス以外に関しては園田氏のコメントがぞんざいになっていってたので、本編以降の「アニスアフター」に心が飛んでいたんじゃないかと思えます。剣狼シリーズの版元であるユーメックスの関係者も「第二のレイナ」として、園田氏を通じてアニスの取り込みは期待していたと思われますし。

ここまで周到にアニスの独占を仕掛けていたのに、結果的に頓挫した理由の考察は(モチベが保てれば)近日中に。次回は本題の28話感想です。園田氏のアニスへの過剰な思い入れを踏まえて見ると、28話は「剣狼伝説3」のプロトタイプと云えなくもないですね。
posted by はらよしかず at 18:00| Comment(0) | ボーグマン

2020年12月29日

【12/27】LOVERS RAIN考察2020その2【30周年】

初っ端から謝罪です。ラバレの発売日を12/30と勘違いしてました27日でした。もう過ぎてました30周年。そんなド年末に発売してた訳がないのにorz
誰にでも思い違いはあるということで嗤って許していただきたい(何)。

さて本題。
前の記事でラバレはファンとスタッフの「お祭り」としましたが、このお祭りに乗れなかった唯一のメインスタッフが園田氏だったと断言します。そもそも、ラバレのスタッフに園田氏の名があったことは、当時から園田氏がりょあに否定派だったことを察していたわたしにとって、非常に違和感のあることでした。ですが当時は「お祭り」の勢いもあり、園田氏がやっとりょあにに向かい合う気になったんならそれで良し! で流してました。

が、年月も経ち再燃を経て更に冷静になって見直すと、村山&菊池両氏と同様、根岸監督に一矢報いるために参加しただけで、りょあにに対する愛着どころか、そもそもボーグマンに対するモチベ自体が低下してたんじゃないかと思えます。クロノスやボーグマンTVシリーズ当時の、あの御仁の雑誌媒体の露出ぶりを思うと、モチベがあったらアニメVの連載記事にちょっとでも参加していたはず。V-バージョンとFC会報のインタビューには参加されてましたが、内容にあまり触れようとしてない辺りでお察し。
それまで頑なに否定していた「リョウとアニスの恋愛関係」、夏目想太郎ほどに愛着を持てなかった「響リョウ」と否応なく向き合った結果、リョウとアニスそれぞれのキャラメイクに於いて、ラストバトルと似て異なる違和感をファンに与えることになったと思います。

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園田氏のインタビュー再掲。園田氏の中にはインタビューにある「ヒロインに愛されるヒーロー」というテンプレートが既にあり、その上にリョウとアニスを乗せただけで、ロムとレイナに互換可能なぐらいにキャラは掘り下げられてません。下手したら思春期迎えた仁とマリアにも互換利くんじゃないかしら。
園田氏のこだわりが見えるのは、序盤の公園のベンチで会話するリョウ&チャックと、ラストのカップル2組&サンダーのメタネタ絡めた会話のみで、主題であるリョウとアニスの関係性は、村山監督のオーダーに応えて書き出しただけ。と勘繰るレベルで愛情が感じられません。下手したら「悩めるリョウに拒絶されても尚尽くそうとするアニス」の構図を先に考えたのは園田氏で、村山監督は制作の都合上、それに従うしかなかったんじゃないかとすら思ったりします。脚本が二転三転したというラストバトルと逆で、プロットをひとつしか出さずそのまま脚本作業に入ったんじゃないかと。

「メモリーを喪った悲しみを引きずるリョウ」「立ち止まったリョウを励ますアニス」「そこに付け込む妖魔の残党」等、パーツ自体は別にアリなんですよ。そのパーツをパチ組みしただけで、塗装どころかパテ埋めもヤスリがけもされず段差が丸見えのプラモデルのような安っぽさ。素人の手慰みならともかく、元シリーズ構成者が「商品」を手掛けてコレというのが今更ながら泣けてきます。まあ話として成立すらしてなかったライトニングトラップの100倍はマシですけど。

TVシリーズの園田脚本回、アニス主役のSSやドラマCDを思い出してみていただきたい。リョウに理不尽になじられたら、ブチギレて部屋が半壊するレベルで殴り返すのが「園田アニス」なはずで、悲しげに黙り込むなんてあり得ないでしょう。
もしかしたら、ラバレのアニスはあくまで「ラバレ専用のアニス」であり、自分が思い入れて描いてきたアニスではない。と一線を引く意図が園田氏にあったのではないか。実際その後リリースされたカセットブックでは、アニスがリョウのことなんか好きな訳ないでしょ? と云わんばかりの(ふたりのやりとりの)刺々しさ、頑なな否定しかなかった辺りに、それが感じられます。
剣狼1で、レイナは「レイナ・ストール」を演じる女優とされていたので(何でか2と3でその設定はきれいさっぱり忘れられましたが)、園田氏の脳内では、ラバレのアニスのリョウへの恋は「演技」という設定だったんじゃないかと思います。ラストシーンが終わった瞬間に、リョウをボッコボコにするアニスというエンドロールもあり得たかも知れないですね(棒)。
小説版の発売をぺろっと告知してましたが、結局出なかったのはどういう事情なんでしょうね。そこまで進んでたならモノは書き上がっていたと思うんですが。勝手な想像ですが、菊池氏のスケジュール絡みじゃないかなあ…当時の富士見書房のビジュアル最優先主義を思うと(富士見には仕事で関わったこともあるので)、菊池氏が描かなきゃ売れないから出しません(完)ぐらい余裕であり得ますし。

話を戻して。ラバレがファンに与えたいちばんの違和感は「悩めるリョウ」じゃないでしょうか。確かに立ち位置は(ハッサンの傀儡だった)ラストバトルとは比べ物にならないぐらいに「ボーグマンの主人公」として描かれていますし、菊池氏はアニス以上にリョウのヒーロー性に拘ったのではと思う位に、彼を丁寧に演出されてました。
ですが、リョウはTVシリーズでは一貫して「誰に対しても優しく人を傷つけることを嫌う」青年として描かれており、ぬこ妖魔の罠で「メモリーを救えなかった悔恨」に追い詰められていたとしても、チャックとアニスの気遣いを邪険にしたり、2人を遠ざけたりするリョウの姿にはやっぱり疑問が残ります。
最初の考察でも触れましたが、ラバレのリョウは教師でもなくヒーローでもない「ただの響リョウ」であり、そうしないとアニスとの恋を始められない。それは理解できるんですが、ラバレは最初から最後までリョウ本来の好青年な面がほとんど描かれないままで、この点に関してはラストバトルのリョウの方がまだ(ファンのイメージ的に)しっくりいくんじゃないでしょうか。

また詳しく触れたい部分ですが、「超者ライディーン」の主人公が終盤、ラバレのリョウと同じように苦悩し廃人化する下りがあり、園田氏の作劇上のこだわりというか、手癖みたいなモンだったんじゃないかと思えます。そういえば無印ポケモンでサトシがライバルのヒロシ君に敗北した後、荒れまくって気遣うカスミにも当たり散らしてオーキド博士やお母さんに窘められても頑なな態度を崩さなかった場面があったっけ…「主人公の苦悩」のバリエーションなさすぎじゃないですかね。

個人的にですが、右手に異常を感じたリョウが、それを悟られたくない一心でアニスとチャックに心にもないことを云ってしまう、それを不本意とする描写があれば印象が変わったんじゃないかしら。そういった配慮もなく(園田氏が重視したのは「アニスのリョウに対する献身」だったようですし)、演出と松本氏の演技によるフォローで、かろうじて響リョウが成り立った作品だと思います。特に松本さん、ラストバトルとラバレ、どちらもTVシリーズから微妙にブレた響リョウだったのに、声の力でファンを「説得」したのは本当に凄いと思います。

しかし何が哀しいって、ラバレは剣狼シリーズと違い、園田氏の存在はさほど重要ではなく、誰が脚本を担当しようがファンの評価は変わらなかったと断言できる点です。ラバレは「菊池通隆作監のボーグマン」であることがすべてで、リョウとアニスがどういう結ばれ方をしようが、菊池氏が関わっていれば誰もが受け入れる。それぐらい当時の菊池氏の人気と寄せられた期待は絶大なものだった。「アニスの生みの親」「ボーグマンの原作者」という自負があったはずの園田氏が、菊池氏を乗せた神輿を持ち上げる「裏方」に回された訳で、剣狼伝説等でのジャイアンぶりを思うとモチベーションがあったとは思えないンですよ。
「ライトニングトラップ」でアニスを使えなかったことも、園田氏のモチベ低下に影響しているのではと思ってますが、長くなるので別の機会に。ただ「レイナVSアニス」が園田氏主導で実現していたら、その後のボーグマンの在り方やリョウとアニスの関係は大きく変わっていたんじゃないかと思います。「アニスとレイナは園田プロダクションの女優」という後付け設定を全面に出していたら、ラバレでリョウとアニスがくっつこうがラストバトルで同棲していようが、「あれは演技です」で否定できますし。おすし。

特に云いたかったことを優先してしまいましたスミマセン。次回はラバレ良かった探しを優先します。ラストバトルよりはいっぱい褒めますヽ(´ー`)ノ
posted by はらよしかず at 20:43| Comment(3) | ボーグマン

2020年12月22日

【今年で】LOVERS RAIN考察2020【30周年】

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予告通りラバレ30周年記念再考察です。と云いながら実は1年前に手を付けて放置していたテキストの続きの作業でした(白目)。本当は去年のイベントに便乗して発表したかった。
ブログはじめた当初にド長文の考察やりましたが、いろいろ再検証進めたことで認識が諸処変わりました。ぶっちゃけ、好意的に見過ぎていたかなーと思う要素が少なくありませんが、撤回するほどでもないというか(どないや)。
今回は2〜3回ぐらいに分けて、間を置かずに更新できたらなーと思ってますが思ってるだけです。

ラストバトルを見返す度に痛感させられたのは、ラバレが如何にラストバトルで根岸監督に「篩にかけられて落とされた」ファンの受け皿として機能していたか、菊池氏をはじめとする一部スタッフがラストバトルに不満を抱いたか、という点です。
ラストバトルから間を置かないタイミングでドラマCDが出たので、そっちを受け皿にしたファンも多いかと思いますが、わたしは(TVシリーズ終盤以降メインから外れたことで)一旦大人しくなった園田氏を調子づかせたギルティアイテムとして認識しております。菊池氏のカット目当てで再入手してますが、いまだに聴く気が起きないのもそのせいです。

下衆な見方をすると、ラバレのメインテーマである「リョウとアニスの恋愛関係の補完」は方便で、根岸監督に目にもの見せてやりたい、という「反根岸派」によるリベンジの産物がラバレで、その「逆襲」は間違いなく成功したと思います。おそらくその時には根岸監督の中でボーグマンは過去の経歴化していて、ラバレに関心はなかったと思いますが。もしかしたら、LD-BOXのライナーノーツにピックアップされなかったのは、根岸監督に当時を振り返る余裕がなく取材を断った可能性もあったりしたのかしらと。

で、本題ですが、ラバレの価値は内容を含め、アニメVと連動した「菊池通隆作監のボーグマン」のプロモーションで盛り上がったファンが、アニメVを通して発売に至るまで、スタッフと共にボーグマンを共有できた「お祭り」期間にあったんじゃないでしょうか。あの頃のアニメVは楽しかったよね…あ、余計なことは思い出さなくていいですよさないか押入れからアニメVを取り出そうとするのは!(荒ぶる語気)

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アニメV1990年9月号より。ここからリリースまで連載記事が組まれます。菊池氏とは専門学校時代からのお付き合いだったという村山監督との親密度の高さが窺えますが、これぐらい信頼関係を築けるスタッフで固めないと作品作れなかったんだろうなあと。菊池氏ががっつり作監やったOAVって結局ラバレとゼオライマーだけですよね。

何度か書いてることですが、ラバレ発売までの菊池氏の仕事量が本当に半端なく、ボーグマンを手掛けたい、ファンが求めるものを提供したい、という情熱には今でも心打たれるものを感じております。続編への抵抗感を抱えたままラストバトルを発表した根岸監督と対照的だったと云わざるを得ない。

なんせ、

・作画監督&Bパート絵コンテ
・セール版ビデオ&LDジャケット(+特典ポスター)描き下ろし
・レンタル版ジャケット描き下ろし
・サントラジャケット描き下ろし&楽曲解説文寄稿
・アニメV連載記事参加&表紙イラスト2回
・劇場版パンフレットコメント寄稿
・上映イベント登壇
・FC会報インタビュー


これらの仕事のほとんどをやり遂げられてるんですよ(さすがに本編の作監はお手伝いが入ったそうですが)。麻宮名義の仕事も抱えていたことを思うと、よく過労で再入院されなかったなあと驚嘆します。作監の現場もPとの攻防があった等ギリギリの状況だったそうですし、本当に執念の制作だったんだなと。
ラバレが当時のOAVでも稀有と云ってもいい点は、「菊池通隆作監のボーグマン」の一点突破で、ラストバトル超えどころか90年の東宝アニメビデオで売り上げ1位という結果を残したことじゃないでしょうか。おそらく菊池氏は「ボーグマンはオレが参加しなきゃファンは喜ばないだろ!」と素で思ってたと思いますし、自分を外して一方的に完結したラストバトルに憤り、ラバレという「反論」を(リリース的に)成功に導いた。そのプライドと当時の人気、実力が「本物」であることを自ら証明した訳で、そこは再評価されていいと思います。こんなナチュラルボーン俺様企画でヒットさせるなんて、今でもなかなかできることじゃないと思うんですよ。

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サウンドトラックのライナーノーツ。別のページで各曲ごとにコメントを付けていられます。それもサントラの付加価値になってるのが凄いところ。そして行間から垣間見える根岸体制への不満。TVシリーズもラストバトルも菊池氏的には相当に歯がゆい内容だったんでしょうね。

「超音戦士」の在り方をスルーして終わらせたラストバトルは菊池氏にとって納得のいく作品であるはずがなく、それはラストバトルで演出を担当した村山氏も同じ思いだった。ラストバトルの考察で飽きる程触れましたが、リョウとアニスが同棲に至るまでの「空白の期間」など三年後の登場人物たちを描く上で必要だったはずの設定を、根岸監督も岸間氏も他スタッフにきちんと説明してなかった(考えてなかった?)と思われます。アフリカ設定前提の岸間氏のSSでは、ラストバトルにはつながらないですしねえ。
アニメVの連載記事で、村山氏はラストバトル批判と取れるコメントを残しているので、スタッフ間でもわだかまりの残る現場だったのかも知れません。

内容は決して褒められたものではなかったものの(こら)、ラバレはスタッフとファンが一緒に打ち上げた最後の花火だと思えば、終始ファンに向き合うことなく幕を引いたラストバトルより、良心的な作品だったと思います。

ここまで褒めてますが、ラバレにも致命的な欠点が存在してます。はっきり云いますが「脚本」です。最初の考察で褒めちぎっていたわたしに云いたい。「もうちょっと冷静になって見たら園田氏はやっぱり園田氏だぞ」。(次回に続く)
posted by はらよしかず at 17:54| Comment(4) | ボーグマン

2020年11月13日

ポスター&雑談。

また予定変更で心苦しいのですが、超者感想を保留しての小ネタです。ライジンオーといい、テキストは視聴終了直後のテンションの高い間にさっさと打たないとモチベの鮮度が落ちますね(´・ω・`)いや30話以降の展開にかなり萎えたというのもあるんですが。駄作に転落したとか、そういうことでもないです念の為。

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先日駿河屋でゲットした、ビデオ版の特典ポスターです。LD1巻の等身大アニスポスターとどっこいなレベルでレアアイテムだったんですが、ついったで駿河屋に出された方がいらっしゃったことを知り、アンパン食いながら駿河屋の新入荷を張り込みした次第ですぜボス(誰)。等身大アニスも一緒に入荷されてたんですが、さすがに両方は無理で涙を飲んで諦めました。持ってたのに、引っ越しの際に手放した自分が悪いんです…。
ビデオの特典と云えば、ヒロイックファンタジー風のリョウのポスターも(オク関係や駿河屋で)ほとんど見かけないので、もしかしたらアニス以上にレア化してるかも知れないですね。アニス人気に押された当時はともかく、現在は案外リョウ関係の方が入手しづらいかも。

入手して、画集に収録されたverはノートリミングだったと知りました。ポスターは上の窓部分がトリミングされてるんですよね。菊池氏が気に入っていたという「シャツから透けて見える肌」の表現はポスターサイズならではで、画集では気付かなかった塗り等があったりしてやはり大きいことは良いことです。画集は縮小される分、線が綺麗になるという利点はありますけど、今だと当時の印刷技術の限界が見えるのが辛いです。スキャンしてPCのモニターで見ると粗さが見えてしまうんですよねー。絶対に元絵の方が色味は良いはず。
いやもう本当、ゆきちさんレベルの価格になってもいいんで、麻宮(菊池)先生には今の印刷技術を駆使して画集を出し直していただきたい。ゼロエンやスペオペの単行本は、相当に色合いや紙にこだわってるそうですし。しかし現物見たことない罠。近辺の本屋は少年画報社の単行本はドリフぐらいしか扱ってないから…アワーズの準看板のアルペジオですら見かけないから…。

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ラバレサントラ特典ポスター。かなり前に奥で入手してたんですが、ずっと紹介しそびれててそのまま入手したことを忘れていました…今回ポスター出した時に見つけて「いつの間に(オクで)落としてたっけ…?」と首を傾げたなどと。
菊池氏がハードスケジュールの中で仕上げられた一品だと思うので即興も感じられますが、それでもシックな色合いがロマンチックな雰囲気を醸しており、これもポスターならではだと思います。りょあに者に最高のサービスありがとうございます! ありがとうございます!(2回目)
またラバレ再考察やる時に触れますが、菊池氏のファンサービスに対する着眼点の鋭さはラストバトルの比じゃないんですよね。画風の変化はさておいても、「ボーグマンで何をすればファンに喜ばれるか」を念頭に置いて理解しておられたのは、当時のメインスタッフでは菊池氏だけじゃなかったかと。根岸監督がズレまくっていたから尚更そう思えるのかも知れませんが。



こっから雑談。先日フォロワー様とのやりとりで知った1970年代の海外ドラマ「600万ドルの男」と「バイオニック・ジェミー」についてちろっと調べていました。昔の海外ドラマと云えばチャーリーズエンジェルとか奥様は魔女かコロンボぐらいしか記憶にない(ジェミーはちょびっと知っていたかも)ので、己の惰弱ぶりをちょっと責めたくなりました。
「元宇宙飛行士」の主人公が事故で重傷を負い、改造手術を経て「バイオニック・マン(サイボーグ)」となり政府の秘密情報機関のエージェントになるという設定だそうで、どう聞いてもボーグマンです本当にありがとうございました。バイオニック・ジェミーは主人公の婚約者であるジェミーが、やはり事故でサイボーグとなるスピンオフ作品。これもアニスを想起させる設定で、何で誰も教えてくれなかったの…? と目を剥きました(惰弱の恨み言)。
今まで調べたスタッフのコメントにはなかった作品(せいぜいロボコップ止まり)なので、リスペクトとまではいかなかったと思われます。ただ、スタッフの誰か(そういったお遊びが好きそうな園田氏?)が分かる人に分かればいいぐらいの感覚で、「宇宙飛行士」の設定をリョウとチャックに仕込んだのかも知れないと思いました。

つべやニコ動で探してみたんですが、作品そのものはさすがにほとんど見れずOPぐらいしかないです。しかしちょびっとだけあったジェミーのブツ切りの本編を見ただけでも、何でこれボーグマンでやれなかったの…? というぐらい、サイボーグという設定をふんだんに活かした世界観とアクションがてんこ盛りだったんですよ…。サイボーグ化の手術シーンとか常人離れした怪力やジャンプ力を見せる場面とか。バイオニックの研究室? に置かれた義手義足の動作実験描写は今でも充分イケるんではないかと思う位SF考証がしっかりしてて、えらく未来に生きてた作品だったんだなあと感心しました。



ジェミーOP。これだけで雰囲気が伝わってきます。婚約者を救いたいという主人公の想いから、意に沿わないサイボーグ化を経て人ならざる存在となったジェミーの苦悩とか、数少ない映像から充分窺えるのが何とも。アニスでちゃんと見てみたかったテーマですね。せめてラストバトルでリスペクトしていたら…もしかしたら、それをやろうとしていたのがアフリカ設定だったんですかね。今更云っても詮無いことですけどね。
ジェミーは小学校の先生設定が一時期あったそうですが、ボーグマンでの教師設定は読広の要望だったので、その辺は偶然かなーと。

タイトルの「600万ドル」は主人公にかかった改造手術の費用を意味しているそうですが、云われてみればボーグマン計画もどんだけ予算かかってたのか。スペースブロックとボーグマン計画は、メガロシティ復興の象徴として進められたものだと勝手に思ってましたが、メガロシティどころじゃなく日本の宇宙開発技術の威信をかけたプロジェクトだったんじゃないのか。それをメモリーに振られた腹いせにぶち壊したメッシュえげつねえな。まあスタッフの誰もそこまで考えてなかったと思いますけど(断言)。
リョウとチャックは恋人(アニスと美姫)がセレブお嬢で良かったよね。メモリー亡き後はメンテナンスだけでハウマッチ? よねヽ(´ー`)ノ
posted by はらよしかず at 18:00| Comment(4) | ボーグマン