2020年07月07日

【もうちょっとだけ】ここが変だよ! ラストバトルその4。【続くんじゃよ】

気が付けば一ヶ月近く間が空いてしまいましたが、プライベートのあれやこれやが重なってメンタル含めて体調不良に陥ってまして、PCの電源入れるのも億劫な状態でした。つべのセラムンS公式配信がどうしようと思う位面白くてどんだけ救われたか。
まだ完全復調まで行ってませんが、上向きになるきっかけになるかなーとのっそり。また予告と違うネタで申し訳ありませんがラストバトルです。脳内でネタを複数転がしてたら、すぐまとめられそうなのがこれだったので。ライジンオー感想はエネルギー溜まらないとやれそうにないです。そのせいでしばらく月1100円のバンチャを止められないトホホ。

火鷹に触れる前に片付けたいネタがあったのを思い出したので。ラストバトルで最も痛感するのは、リョウとアニスの不遇なカップルぶりです。ラストバトルは本来、恋人同士となったリョウとアニスの間に割り込む火鷹というシチュエーション、リョウと火鷹の間で揺れるアニスの恋愛模様がメインになるはずでした。

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アニメVの記事再掲。本橋氏の一連のコメントから、「大人の恋をするアニス」がラストバトルの一番の見どころであり、キャラデの一新もそのためのものであることが窺えます。
このプロットでは、サイソニック学園は存続しており火鷹は社会科教師という設定。リョウと別れ古巣に戻ったアニスが、リョウとは違う「大人の男」の火鷹と時間を共にし魅かれていく。そして火鷹も「人類の進化形として共に生きよう」とアニスの手を取ろうとする。火鷹が示す未来への誘惑と、断ち切れないリョウへの想いの間で迷うアニス。その様子を以て「大人の恋」を描写するはずだったんでしょう。
この「大人の恋」がクセモノで、スタッフはそもそもそれが本当にメインターゲットであるアニスファンへのサービスになると本当に考えていたのか。断言しますけど大多数のファンが見たかったのは菊池氏デザイン(&作監)のTVシリーズのアニスの活躍であり、本編できっちり描かれてもいないリョウとの恋愛関係の描写もすっ飛ばした上に、ポっと出のオリキャラでしかない火鷹とのロマンスがファンサービスになると思っていたんでしょうか。

これは推論ですが、根底にはボーグマン放映中に話題となったジリオンOAV「歌姫夜曲」の影響があると思っています。歌姫は映画「ストリート・オブ・ファイヤー」を下敷きにしたパラレル作品ですが、作中でアップルはJJといい雰囲気になりながらも、昔の恋人であるリックスを忘れられずにいる、という「大人の恋を経験したヒロイン」として描かれました。


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ついったのフォロワー様のTLより(火狐だと画像が表示されないので別途アップしました)。歌姫のPである植田氏のこのコメントはアニスに通じるものがあるのではないでしょうか。本編に恋愛要素を持ち込めなかったお詫びに、素敵な大人の男との恋を経験させてあげたい。これはそのままアニスにも当てはまる要素で、良くも悪くも園田氏がボーグマンチームに恋愛要素を持ち込み禁止にしたお陰で、アニスも女性の生々しい感情は控えめなヒロインとして在れたと思います。ただ、園田氏の場合はアニスへの邪心が見え隠れしたのがいただけないンですけど。
主人公が最初で最後の恋の相手になるのは気の毒。その前に大人の恋ぐらい経験させてあげたい。そういう「親心」が当時は当たり前で、こだわれるのならこだわりたい要素だった。ラストバトルのPも根岸監督も、それをメインのウリにするつもりで制作を進めたのでしょう。

しかし、根岸監督は途中で卓袱台をひっくり返し、脚本は第四稿まで練り直されまったく違うストーリーに変更されました。ここで露見したのが、根岸監督の「主人公とヒロインの恋愛」に対する関心の薄さです。脚本の岸間氏がアニメディアの付録で発表したリョウとアニスの“空白の三年”を描いたSSは、恋人として寄り添い合うふたりへの愛情が窺える内容でした。ですが、あれらは最初のアフリカ設定が前提であり、急ごしらえとなったNASA設定には当てはまらない。リョウとアニスの空白の三年は本当に“空白”になってしまった。根岸監督はパンフレットのインタビューで「三年あったらとっくに恋人になってるでしょう」と語るに留まっており、監督の中には具体的な「リョウとアニスの愛の形」のビジョンがなかったと思われます。監督にとってリョウとアニスはFOREVERで成立し、そこで止まってしまったカップルだったのでしょう。岸間氏もアフリカ前提のシナリオが総ボツになった時点で、NASA前提のふたりの過去を構想し直す余裕はなくなったんじゃないでしょうか。ここはさすがに責められないです。

痴話喧嘩で始まったラストバトルのリョウとアニスの関係は、今までさんざん書いてきた通り、リョウのアニスへの想いが伝わってこない。「リョウがアニスをどう愛してきたか」考えてないから描けませんと云わんばかりにハッサンを使ってはぐらかしまくっている。火鷹とリョウの間で苦悩するはずだったアニスは、火鷹の誘いを最悪の返答で絶対にノウ! し、結局「大人の恋」とは程遠い内容になってしまった。クライマックスのオメガとの戦闘も、恋人でなくてもふたりはお互いを守る為ならそこまでやりますよね? 程度の「愛の勝利」で留まり、そもそもどんな恋人同士かというビジョンがスタッフにないので、キスどころかホットな場面がほとんどない同棲カップルという歪な関係に、リョウとアニスはされてしまったのです。この辺、演出の村山氏は相当に不満が残ったようで(アニメVのラバレ連載記事からチラホラ窺えます)、これがラバレに繋がる原動力になったんですよね。そら肝心のリョウとアニスの情報が空っぽだったので、演出しづらかったと思いますよ。

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数少ないそれっぽい場面。リョウのアニスに向ける優しい目線、彼を抱きしめるアニスはまあ好き。

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リョウはアニスに支えられないと動けない位ダメージ追ってたのに、爆風から咄嗟に彼女を庇うカットも好き。


おそらくはですが歌姫夜曲路線の「ヒロインの恋」を想定していたはずが、結局それが根岸監督の手に余る要素だったせいで、恋愛よりも「アニスがサイボーグの体をどう捉え、どう生きていくのか」という主題だけを残し、三年後のメガロシティでボーグマンがメモリーの遺志の下、一夜だけの復活を果たすという、シンプルなストーリーにまとめたと解釈しています。
3人いたPの意向やアニス人気等、とりまとめに苦慮されたことは察せますが(特にアニスの扱いに関しては意見が分かれたと思われますし)、正直ラストバトルからは、根岸監督のリョウとアニスに対する愛情があまり感じられません。アニスが「サイボーグであっても普通の女として生きていきたい」という結論にたどり着くことが重要で、ラストでアニスはリョウと共に生きる未来を選択しましたが、リョウと別れて自立する未来でもそれはそれで有り得ますね、というスタンスだったのかもなあと。いや勝手に思ってるだけですけど。

まあ、火鷹とのガチ恋は没で正解だと思いますけどね。歌姫も賛否あったようですし、当時のアニス人気を考えると、彼女のロマンスはファンにとって要らざるお節介にしかならんかったのではないでしょうか。そこは今も昔もセンシティブな部分だと思いますし。というか、モロ本橋フェイスのスカしたイケメンとのいちゃいちゃとか喜ばれる訳がない。いやまあ、初期では火鷹はダストジード以上のサイボーグだったので、上手くやればダストジードを彷彿とさせるヒールとの禁断の恋という美味しい要素になったと思いますけど、最初から最後までファンととことん考えがズレていた根岸監督が、ファンを納得させられたとは思えませんなあ。
恋愛要素をどうしても入れたかったのなら、なんで(反発も少ないはずだった)リョウとアニスの恋を真面目に描く方向に行けなかったんでしょうかねえ。行ってたらラバレは生まれてませんでしたけど。

本編では園田氏に否定され、ラストバトルでは根岸監督から適切な愛情を与えられず、恋愛中心だったラバレもラストバトルにもFOREVERにも繋がらない孤立したエピで、本当に不憫なカップルですよりょあに。それでも一定の支持があるという不思議なカップルですけど、これはラバレの菊池氏の奮闘と、FOREVERのお陰ですかねえ。ラバレに関してはまた改めて語ります。

またちょっと間が空くと思います。すみません。やりたいことはいっぱいあるんですけどね(;´Д`)
posted by はらよしかず at 19:03| Comment(3) | ボーグマン

2020年06月12日

【再開】ここが変だよ! ラストバトルその3。

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もうすぐ完走できそうなライジンオーを、ずっと採り上げ損ねているボーグマンの企画書(の一部)と併せて感想を書く所存。その前に中断していたラストバトル感想を少し。
ライジンオーは園田氏が「自分の中では続編」とコメントされていた通り、ボーグマンと切り離せない作品でした。ただし夏目想太郎設定が前提ですが。

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劇場版パンフレットより根岸監督インタビュー

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ファンプラブ会報。


おさらいで再掲しますけど、根岸監督にとってアニスは「003」ポジションのヒロインであり、ラストバトルはメモリーがいなくなった世界で「サイボーグとしての生き方を見つけられない」アニスに、火鷹との出会いでそれを見つけさせる物語であるとしています。

以下はここをご覧になって下さっている方で、まさか003(フランソワーズ・アルヌール)を知らないという向きもいないと思いますのでそれ前提で書きますが、003はブラックゴーストの工作員に偶然目を付けられ、拉致されてサイボーグ手術を施された悲運のヒロインです。そういう意味ではスペースブロックの惨劇で重傷を負い、延命のためにサイボーグとなったアニスも同様に「望まない体にされてしまった」悲運のヒロインと云えるでしょう。

003はアニメでも原作でも、「普通の人間に戻りたい」という切なる思いを度々見せます。人工の皮膚で守られた美貌も、仲間であり恋人でもある009の優しさも彼女を満たしてはくれない。サイボーグである限り、003は「誰がために」戦い続ける宿命を負っているのです。
ここまでは、アニスも同じと云えます。岸間氏のSSでは生徒の母親であり「生身の」未亡人・イザヤがリョウに思いを寄せていることを察して密かに胸を痛めたり、心臓部のパーツの劣化による体調不調に苦しむなど、内なる機械と共に生きていかねばならない苦悩を窺わせておりました。そういうものから(時には自身の体のパーツを使って)彼女を守るのがリョウの役目であることも。

で、本題。
火鷹に囚われ、彼が謎のボーグマン事件の首謀者だと知ったアニスと火鷹の問答、これが前述の根岸監督が語っていた「サイボーグとしてのアニスの生き方」が問われる重要な場面となるのですが、ここが最高にイケてない。主題に関わるのに、火鷹の主張含めて脚本が稚拙で、ラストバトルの大きな「欠陥」と云ってもいいかも知れません。他はともかくなぜこれで通してしまったのか不可解です。何でもっと慎重にセリフを考えなかったのか。

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「お生憎様。この体の中に機械が詰まっていると思うとぞっとするわ! これ以上のサイボーグなんてもう沢山よ!」

人類の進化を早く見たいお! だからサイボーグでさくっと進めるお! アニスもサイボーグだから協力してくれるお? という火鷹の主張に対するアニスのこの返答、最悪すぎて再視聴した時に絶句しました。これ、確かに003が云うなら分かるんですよ。なぜなら彼女は「兵器」にさせられたのですから。
しかし、アニスがサイボーグになった理由は、メモリーが瀕死の彼女を救う最後の手段として、ボーグマンシステムを彼女に組み込んだからです。あくまで「延命」なんです。そしてアニスは回復し、リハビリを経てボーグマンチームに加わることを自分の意志で決めた。つまりこの台詞は(額面通りに捉えると)28話で語られた「過去」とリョウとチャックの在り方の否定、果てはメモリーに対する裏切りと云われても仕方ない問題発言なのです。

28話は、園田氏のアニスへの独りよがりな思い入れが目に付く回なのは確かですが、過去バナそのものは決して悪くなく、アニスというキャラの肉付けには成功していると思います。しかしこのアニスのセリフで、根岸監督はラストバトルを完成させる過程で28話の設定を切り捨て、監督の構想にあったアニスの過去を前提にした可能性はあるかも知れないと思いました。ぶっちゃけ、根岸監督のインタビュー関連は、本編に出てこなかった設定や台詞が混じってることがあり、どこまで本編でどこから没設定で留まったのか、把握せずに語ってらっしゃる節があるんですよね…。根岸監督にとって28話は園田氏がねじ込んだエピソードで、監督的には認めてなかったのかとも疑ってしまいます。

まあ、この辺は全部穿った見方で、実際は「火鷹の主張を否定」=「サイボーグシステムという“補助”を受け入れて人間として生きていく」という答えをアニスに気付かせる。アニスと火鷹の問答を長々と書いてもいられない。というかまとめきれない。だからアニスにさっさと結論を云わせるため、そして003の踏襲という意味合いを含めてアニスにああいうセリフを云わせただけで、深いことは考えてなかったんじゃないだろうか。「この体をくれた人(メモリー)はそんなことを望まない」という意味合いのことを云わせるだけで充分だったと思うんですけどねえ。岸間氏の仕事としてはあまりにも雑で、よっぽど脚本を詰める時間がなかったのかしら。

前述の岸間氏のSSにあるように、メモリーのサポートがなくなり平和になったことで、次第にサイボーグであることがアニスにとって重荷になっていったのであれば、それが窺える描写が欲しかったし、それ以前に脚本の改稿を重ねすぎて、テーマに沿ったストーリーを組むことが優先となりキャラクターを見失ったのではないでしょうか。ハッサンの舎弟扱いだった前半のリョウといい、根岸監督だけが納得できる(火鷹の在り方など)こだわりのせいで、素直に見れない「後日談」となっちゃってるんですよね。

あともう1回、火鷹&オメガのことに触れてラストバトル考察は一旦締めたいと思います。次回は準備が間に合えばライジンオー感想か、ちびちび書いているラバレ再考察の予定。
posted by はらよしかず at 19:24| Comment(3) | ボーグマン

2020年05月29日

【マンガ更新】FOREVERアフター

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いい加減今年こそは描かねばとじみーじみーと作業していたFOREVERネタマンガです。たった2ページ仕上げるまでどれだけかかっていたのか。下描き以降は液タブに乗り換えたので、ツールになれ直すのと作業に間が空きがちでその度にリハビリになってしまい、ガラパゴスの亀の歩行よりものっそいことになったのでした(;´Д`)しかし、この厚着ップルを見たくなくなる時期の前に仕上げられたので満足です。

ネームは他にも山積みなので、今年はいっこでも多く出力したいです。そのための液タブ様ですし。おすし。りょあにのクセしてここ最近りょあに分が少ないので、その辺を頑張りたいです。えっちも描かねばならんのに(謎の使命感)なんでシンジの話を熱心にしてるのか。

ところで5/22にリリースされた(ステマか)例のウィンザーちゃんですが、発売後のレビューでアレなオチなのが判明したのでわたしは身を引きます。いやーソレはちょっと無理ですわー。予告? の動画でちゃんとおっぱいが揺れるべきところで揺れているのは分かったので満足しました(えぇ…)。ヒロピンジャンルは業が深いんですね…(遠い目)。
posted by はらよしかず at 19:48| Comment(3) | ボーグマン

2020年05月19日

【ジリオン22話】奴の名は織田シンジ・蛇足【アディ】

という訳で遅くなりましたが前回の続き。ここまでシンジを極力冷静に(そうかな)考察して差し上げたのはわたしぐらいだと思うので感謝していただきたい。誰に云ってるのか。

シンジがスタッフから優遇措置を受けていたのは根岸監督のインタビューからも明白ですが、シンジ以前、ボーグマンの前番組である「赤い光弾ジリオン」にもスタッフから謎の優遇を受けていた子供キャラが存在します。それが1話と22話に登場するアディです。
アディは本来1話のみのキャラだったそうですが、22話で再登場。その際に設定を盛られるなど、スタッフ内にアディ推しがいたことが窺えます。しかし、この22話のアディは後のシンジと同様の問題を孕んだ「子供の在り方」を見せています。

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22話は偶然再会したアディが「ウソつきアディ」と周囲から疎まれていることを知ったJJとアディの交流、そしてコンビでノーザを撃退する様子が描かれます。
アディを放っておけないJJは、彼女のついた「ウソ」を真実にするべく、本来なら一般人は立ち入れないホワイトナッツの本部に彼女を迎え入れますが、そこでアディは無断でトライチャージャーに乗り込み基地内を荒らしたり、JJが「友情の証」として渡した通信機で、出撃寸前だったJJを強引に呼び出すという「試し行為」で彼を振り回します。

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JJが出撃しなかったことでホワイトナッツは任務に失敗。JJはチャンプに殴られなじられる羽目に陥ります。ちなみにJJは通信機を渡す約束として、「二度とウソはつかない」とアディに誓わせましたが、アディは「悪ガキ共に追われている」というウソでJJを呼び出したのでした。
JJは激怒し彼女を突き放しますが、アディは寂しそうな顔を見せるだけで、特に反省する素振りはありません。
アディが「ウソつき」になった理由。それは彼女が両親がノーザ兵に殺される場面を目撃し、そのトラウマからウソをつくようになったと前半で語られます。この「戦争孤児」という面がポイントになります。

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で後半、アディはひょんなことからノーザが情報通信センターを占拠していることを知りJJに伝えますが、当然JJは信じません。ここで「オオカミ少年」的な展開になると思われましたが、すぐに入ったアップルのフォローでJJはアディの下に急行。ノーザとの交戦となりますが、彼女の機転によるウソで撃退。その活躍を認められ、アディは軍から勲章を授与される「英雄」となる顛末を迎えます。ここでやっとアディは「もうウソはつかない」と云い切りますが、オチは「やっぱりウソつきアディでした」。アディは最後まで「ウソつき」の自分を恥じることもないまま。周囲もそれを認める「やさしい世界」で22話は幕を下ろしたのです。

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アディのこの好待遇、つまるところはシンジが「ボーグマンが守るべき生徒の象徴」として、足手まといになろうがリョウたちの傍に寄り添うことを(世界によって)許されたように、アディも「親を喪った孤独な少女」の罪を問うてはいけない。憎まず罰さず許しましょうだって「子供」なんだから。という当時のTVアニメにおける不文律から生まれたものじゃないでしょうか。
当時はまだTVアニメのメイン視聴者は子供であるという大前提があったはずで、彼らのアバターである「子供キャラ」が否定されることはタブー。それを踏まえてスタッフが子供の目線に合わせて送り出したのがアディであり、その流れはシンジに繋がったと思えるのです。
今だと「名探偵コナン」の少年探偵団が知名度も高くてスタンダードな「子供ポジション」なんですかねえ。個人的に一時期あの餓鬼共がシンジなんぞ目じゃない位に苦手で、アニメも原作も奴らのメイン回はすっ飛ばしてたほどです。しかし、奴らは映画版では出て来ると観客席のお子様たちのテンションが上がると聞きかじったので、あのテの子供キャラとしては成功例なんでしょうね。でも嫌ですよね死体見ても動じないどころか張り切る小学生。

まあワタクシ的には、主題や書き方にもよりますけど「罪を犯せば罰が振ってくる」という因果応報、それによる悔恨と成長を、「かわいそうだから」「可愛いは正義だから」で回避する作品には抵抗を感じます。誰もレイナの悪口なんて云ってませんよ?
鬼滅があんなに受けたのも、「因果応報」を潔く書いたからじゃないでしょうか。

ただ、前回の記事でも触れましたが、園田氏はシンジを含めた子供たちに関しては、もっと違う可能性を探っていたのではないでしょうか。同時期のトルーパーで(子供キャラとして絶妙なポジションにいた)ジュンを書いていた園田氏がシンジの在り方の不自然さに気づいてない訳がなく、シンジ以外の子供たちにも目を向けたかったのに対して、根岸監督はシンジを「便利要員」として重宝し使い回しまくった。アニスの扱いといい、このかみ合わなさがボーグマンの欠点だったと改めて再認識しました。ライジンオーで確信した部分もありますが、これは後日に。

あ、dアニメストアでジリオンの配信が始まってます。まだ未見の方はぜひ。ボーグマン沼にどっぷりなわたしが軽くハマったぐらいには面白いですよヽ(´ー`)ノ
posted by はらよしかず at 17:13| Comment(3) | ボーグマン

2020年04月28日

【悪魔のような】奴の名は織田シンジ【あいつ】

本当はやるやる詐欺状態の企画書を4月中にやるつもりだったんですが、改めて読むと要素が多すぎてやっぱり整理しきれないので、もうちょっと自分の中で咀嚼してからすることにしました。前回モーリー特集やったこともあり、この際男子生徒代表であるシンジまでやってしまおうと思った次第。ちゃんと考察ですが罵倒が混じるのはお許し願いたい。でもみんなが思っていることしか云わない(断言)。

ボーグマンの大多数の視聴者がその姿を見ただけで眉間に皺が出現し、おそらくは妖魔陣営よりも忌み嫌われたであろう少年、それが織田シンジ君でありますけど、今で云うおねショタ需要がアニス絡みであった気がするしシンジ攻のやおい本を見かけた気もするしで、実際のところどれだけガチで嫌われていたかは不明な気がせんでもなく。どないやねん。しかしシンジというキャラの変遷を追っていくと、彼もまたボーグマンという作品の成立において、犠牲となった面が浮かび上がってきます。庇う気は枝毛の先っちょほどもありませんけど、その辺をちょっと書き留めておきます。

なぜシンジが嫌われるのか。云うまでもありませんが、1クール目終盤以降、妖魔神官やダストジードの企てに真っ先に利用され、最終決戦ではメモリーを巻き込んでボーグマンチームの枷になりまくり。しかし終始悪びれた態度も見せないし周囲も何故か許してしまうという、登場人物はよくても視聴者のヘイトは急上昇というザ・足手まといだからです。もしメガロシティにコロ〇が流行したら、奴は#家にいようタグを無視して、「〇ロナがこわくてボーグマンの応援はできないよ!^^」とマスクもせずに先生たちの追っかけを決行するでしょう。
これは葦プロ内に、クロノスの大逆襲のレイナが前例として存在していたからではないかと思われます。レイナが敵に捕まりロム兄さんと仲間たちが助けに来る。葦プロ的には、シンジでその「お約束」を踏襲しただけという認識だったのかと。
しかしレイナはヒロインであり、視聴者が「お約束」をネタとして許容できるギリギリの範囲で踏み留まり、可憐な魅力で不快感を相殺。同時期のサムライトルーパーにも足手まといポジにジュンがいましたが、ジュンはトルーパーたちを励まし支え、時には敵の攻略ヒントをトルーパーたちに提示するサポート役の面で相殺できていました。
それにに対してシンジはそういったフォローがないまま、毎回敵に捕まり続けるだけのお餓鬼様と化してしまった訳です。これは織田シンジというキャラがダストジードと同様に、ライブで成立したことが大きな原因でしょう。

まずシンジの立ち位置の変化から見ていきましょう。

【1クール目】

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裁判長! この札には「立入禁止」と書かれています!


1-2話でモーリーを連れて勝手な行動をとったせいで、速攻でバリアンに捕まった訳ですが、ここでの印象が悪かっただけで12話まで意外とおとなしいんですよ。1クール目はトオルや乱堂のメイン回があるなど、妖魔が起こす事件に巻き込まれる役目を複数の子供たちに散らし、掘り下げを行う意図があったと思われます。少なくとも園田氏はそうするつもりだったんでしょう。7話のトオル、11話のグレイタウンの子供たちとサイソニック学園の子供たちの交流にそれは見て取れます。シンジは「ちょっと小賢しいところのあるやんちゃ坊主」であり、レギュラー生徒のひとりという立場に留まってました。
ところが12話で初のメイン人質()になってから、シンジの立場は急速に変化していきます。

【2クール目】

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12話でアニスに助けられたことで、彼女(とリョウとチャック)がボーグマンではないかと疑いを抱いてからが、シンジの人質転落人生のはじまりです。14話でリョウを尾行した際に、妖魔と出くわしリョウとクラスメイトを巻き込んでてんやわんや。15話で繁華街をうろつくなと公僕にこっぴどく叱られたにも関わらず、出歩いて妖魔に捕まってアニスに大迷惑をかけ、その後ボーグマンの正体を知る唯一の生徒となった。17話でチャックをパパラッチ中に妖魔に捕まり19話はパチモンがもやされアニスにトラウマを与え21話でカーメンにとり憑かれて生徒全員に大迷惑をかけ23話24話で妖魔やめろ! もういい! 分かった!(自分で云っておいて)
この「ボーグマンの正体を知っている子供」として、スタッフが動かしやすくなったのがシンジの(ある意味)悲劇で、ボーグマンの正体を知らない子供たちとリョウたちの間に隔たる壁を描くよりも、シンジを使った方が手っ取り早い。スタッフがそう思ったかまでは知りませんけど、とにかく扱いやすい「生徒代表」となったんでしょう。しかし視聴者的には「またシンジか(ウンザリ)」。この認識の相違が、ボーグマンの大きな欠点として残ったんじゃないでしょうか。それともメイン視聴者である小学生男児的には感情移入しやすい存在だったんでしょうか。どうかなあ…。
あえて擁護するなら、この頃でも園田氏だけはシンジを安易に使わなかったんですよね。担当の18話とか20話とかシンジが出てこない回でしたし。24話の人質に至るまでの立ち回り、あれはもうシンジにしかできない役割化していたので、仕方なかったと思います。

【25-36話】

そしてシンジの爆走人質ロードは止まることを知らないまま、最後まで突き抜けていくのです。この辺のシンジの最高に酷いところは、25話で基地に無断侵入してボーグマンたちが死んだとクラスメイトにデマ吹き込んで基地に再度闖入して「ぼくがボーグマンになる!(涙)」よしわかった! ぶち殺すぞヒューマン!(アーカード自重)…ではなく、27話で打倒妖魔に逸る乱堂とトオルを「ボクらが勝手なことをしてどうするんだ!」と諫めておきながら、28話で「妖魔の手がかりを掴まなくちゃ!」と超危険地帯となっていたメガロビルに躊躇うトオルを連れて入り込み、リョウたちと妖魔の戦闘に巻き込まれるというブレっぷり。さらに30話で「先生たちを手伝うんだ!」(具体策はあったのかないないありません)と勝手に学園の地下シェルターから抜け出し、彼を探しに来たメモリーを巻き込んで瓦礫化した学園に取り残され、その際にメモリーに怪我をさせダストジードに見つかって後は人質に次ぐ人質。最終回に至ってはさんざん云ってきたのでもう云いたくありません。

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「みんな止めろよ!」かーらーのー、

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妖魔反応があるぞ調べよう!
前回トオルに何を云ったのかすっかり忘れた模様。若いのに…(憐憫)。


28話はアニスありきで他は行き届いてない話なのでともかく、30話以降は完全に根岸構想の都合と断言。ボーグマンチームの大将で、ホームから動いてはならないメモリーが動かざるを得ない事態を作り、妖魔の本拠地へと連れ去られる。そのきっかけ作りのためのシンジだった。それだけではなく、ボーグマン最後の戦いを見届ける生徒の代表として、シンジをその場に置いておきたかったという意図があったのは、ブルーレイBOXの根岸監督のインタビューから窺えます。終盤はラストに向けての構想ありきでキャラメイク云々はおざなりにしちゃってて、これはラストバトルもそうだったことを考えると根岸監督の当時の手法だったのかも知れません。

シンジの立ち位置の迷走、これに関してはいつも戦犯呼ばわりしている園田氏ではなく、根岸監督と演出陣の意向が原因だったと思います。シンジの一連の扱われ方に関しては、園田氏の本意ではなかったんじゃないかなあ。インタビューで根岸監督は「子供たちが勝手に動き出して止められなかった」と仰ってましたが、俯瞰から見るとあまりにもシンジに偏ってて、そこは2クール目だけでもどうにかならなかったのか。本来ならモーリーや乱堂に振ってもいい役割をシンジに全振りしたせいで、彼はボーグマンのマイナスイメージの象徴にまでなってしまったんじゃないでしょうか。

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ブルーレイBOXブックレットのインタビューより一部再掲


何と云うか、シンジ以外の生徒を上手く動かせずに結局シンジに逃げたという風に見えて、正直ここはスタッフ陣の力量不足だったように思えます。レイナが許されたんならイケるだろうという短慮があったのか。1クール目を見る限りでは、園田氏は生徒の配置等、いろいろ考えて準備してたと思うんですけどね。(配信終了が迫ってしまった)ライジンオーを視聴中なので尚更。
根岸監督は「終わりよければすべて良し」のつもりで、あのラストシーンに集約させるための歯車としてシンジを使ったんでしょうけど、「描きたい場面」「描きたい主題」のために、キャラクターを曲げるやり方はいただけないし、ラストバトルまでそれを(よりにもよってリョウとアニスで)通しちゃったのは本当に残念です。監督としての経験値が足りてなかったのかも知れず、その辺は後にぽりりんと組んだことで修正&アプデされたと考えていいんでしょうか。

シンジの厄介なところは、キャラ単体で見ると決して悪くない点です。男子生徒代表として必要なものは揃っていて、菊池氏のデザインもオーソドックスな少年キャラで魅力的。何より小粥よう子さんの声と演技がぴったりハマっていて、小粥さん以外に考えられないレベルです。シンジを見ていて、一度たりともあのサッカー狂人小僧が頭に浮かんだことがないので、小粥さん上手かったんだなあと。シンジにサッカーをさせなかったのはスタッフの良心でしょうか。んなわきゃーない。

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しかし、だからこそシンジの憎たらしさが際立ってしまったのは皮肉。最終回で、リョウと話してて感極まって泣き出してしまうシンジの演技は絶品で、悪意なき純真さまで伝わってしまいムカついて仕方なくなる。ホンマ「悪気がない」は吐き気を催す邪悪やでえ。

まあホントこれだけはシンジに云いたい。「校長先生が死んだのはお前にも責任あるかんな? というかお前が最大の原因だからな?」

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31話。この時点でメモリーは深手を負っている。
後は…分かるな?


ちょっと取りこぼしがあるので次回に。それにプラスして、ボーグマンクラスタ視点からのライジンオー感想もやりたいです。面白いなあコレ(いろんな意味で)。
posted by はらよしかず at 18:28| Comment(3) | ボーグマン

2020年04月14日

【ついに】好き好きモーリーちゃんスペシャル【32周年】

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去年の今頃は、まさか世間がこんな未曽有の事態になるとは微塵も思わなかった訳でモチベもいまいち上がらない上に、非常事態宣言? どこの時空のハナシ? というぐらいに個人的にはクソ忙しく、疲労感はトモダチこわくない! 鬱陶しいわ! という荒み具合ですが、やはりやることはやっておきたいという思いが強かったので。今月中にもういっこネタを用意したい。あとジリオン33周年でちょろっとやりたいこともあったり。ジリオンはそろそろカテ作ろうかなーと思ったり思わなかったり。

さて本題。視聴と当時の資料に当たっていくうちに、もしかしたら制作側にはアニスよりも愛されていたのでは? と思うモーリー・ラングォルドちゃん特集です。アニスがさほど注目されてなかった放映前の雑誌媒体での採り上げられ方や、菊池氏のコメントからしてもモーリーに対する期待と気合いはかなり高かったのではないかと思われます。スタッフ的にはジリオンのアップルポジに据えた「戦うヒロイン」のアニスではなく、「守られるヒロイン」であるモーリーに「受ける要素」を込める狙いがあったんじゃないでしょうか。
実際本編もモーリーに関しては全編に渡って可愛い場面しかないと云っていいぐらい、演出が行き届いているんですよね。アニスもそれは同じなんですが、マスコット的な愛らしさという意味ではさすがにモーリーに及んでなかったので。

そして、モーリーは脚本家それぞれの解釈の違いが(いい意味で)楽しめるキャラクターでもあります。今回はそこを紹介。脚本家名は敬称略とさせていただきます。

【園田英樹】


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園田脚本のモーリーメイン回と云えば8話。花壇作りに奮闘し、花の妖精のリドリアを素直に信じる純粋さを秘めたオーソドックスな美少女ぶりで、(園田回に関しては)これは最後まで変わりませんでした。11話のグレイタウンの少年たちとの交流で、好奇心とも心配とも取れる態度は園田氏でなければ描かなかった一面でしょう。園田氏は子供の描写に関しては文句ないんですけどね…。
28話等、園田氏的には「花を愛する健気で優しい女の子」で、レイコ&サトミの友達コンビともっとセットで出したかったんじゃないかと、8話を見直して思ったのでした。結局シンジとセットになっちゃったからねえ。子供たちの横の広がりや交流による掘り下げが足りなかったのもボーグマンの残念なところ。ここは園田氏の責任じゃないと思いますが。
そういえば初期設定では、モーリーは夏目想太郎(リョウ)に恋心を抱く設定でしたが、意外にも園田回ではそれはオミットされてました。ドラマCDで蒸し返したのは三条陸氏のネタ出しに乗ったのと、アニスへの未練でしょうな。

【岸間信明】

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園田氏がモーリーを年相応の女子小学生としていたのに対し、そこにちょっとした小悪魔要素を入れてきたのが岸間脚本。岸間氏的には恋に恋する的な、異性への興味を見せたかったのではないかと思えます。17話でチャック先生のパパラッチよりシンジと一緒にナイトメアシアターを楽しみたいと云い出したり、22話のようにシンジと積極的に行動を共にしていながら響先生への思慕を隠さなくなったりと、ワルい女の顔を見せていたことにそれらは窺えます。ただ、22話はシンジとの「小さな恋のメロディ」路線なのか、響先生への恋心に目覚めていく(リョウとアニスの関係の変化の布石)のか決めかねていたせいで、ああいう描き方になったのかも知れませんけど。
しかしそれでも22話のモーリーの猛攻はすごい。キャンプで作るカレーの味付けがそんなすごいとも思いませんけど(おい)、オトコなんか胃袋を掴んでしまえばこっちのもんと云わんばかりのアピールは、自分こそが約束された勝利の良妻であると知らしめる行いであり、アニスがあそこでドス黒いオーラを出していなかったら、リョウはどさくさで将来を約束させられていたのではないだらうか。「これからもアタシがずーっと先生に美味しい料理作ってあげるね(はぁと)」「あ、ああ、よろしく…(えっ?)」
ちょっと残念なのは、打ち切りの影響なのか22話以降はリョウへの思慕は描かれることなく、シンジの心配ばかりさせられるようになったことです。もうそういうところに尺を割けないので、シンジでいいんじゃないかということだったのか。

【会川昇】


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「健気で優しい娘」という基本的なところは押さえながらも、独自にモーリーの愛らしさを追求したのではないかと思えるのが会川脚本。岸間脚本のような小悪魔ちっくなところはなく、異性をクールな目で見る大人びた面と、10話のシロウ君(50)の陰のある振舞いに戸惑ったりする少女の面を描いたりするなど、モーリーという「女子小学生ヒロイン」を模索し楽しんで描いていたのではと思えます。
10話のシロウの天然に「じれったいわね」とはっきり云いつつ世話を焼いたり、16話でチャック先生ではなく撮影機材を見たかっただけ、と云うトオルに「かわいくなぁい…」と無表情で返したり乱堂と弁当のおかずを取り合うリョウに「先生子供みたい」と静かにツッコむなどの、デフォルトで精神年齢の高さをうかがわせるモーリーは会川氏しか描かなかったんじゃないでしょうか。アニスやメモリー、美姫もクールな面が強かったことからも、会川氏はボーグマンの女性キャラは基本そういう風に捉えていたのかも知れません。19話でそっくりさんロボをもやすという蛮行も会川氏しかやりませんでしたけどね!
反面、10話でシロウと一緒にはしゃいだり23話でシンジに拾った石を取られてぷりぷり怒ったりと、年相応な面もしっかり描いていて、それがいいカンジにギャップになったと思います。

3人の脚本家それぞれの「ぼくのかんがえたすっごいかわいいモーリー」が破綻なくキャラに収まっていたのは、ボーグマンのいいところだったんじゃないでしょうか。根岸監督はラストバトルFC会報で、お気に入りのキャラにモーリーを挙げてらしたので、監督の手も充分に入っていたのでしょう。菊池ビジュアルは云わずもがな。マジカルエミ等の魔法少女作品で培ったものを込めたお気に入りだったのは、雑誌媒体で頻繁に語られていましたよね。本編で描かれることのないぱんちゅのプリントがメロンということまでしっかり設定なさってましたしね!ヽ(´ー`)ノ

そんな32周年更新でした。
あまり間を置かずに第二弾やりたいですが、仕事が落ち着く気配がないので自信はないです。液タブ楽しいのでもっとお絵描きもしたい。
posted by はらよしかず at 18:50| Comment(3) | ボーグマン